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小学校の先生を120%楽しむ毎日

小学校教員の日々の振り返り。教員志望の学生さん、同業の方、保護者の方、教育に興味のあるすべての方へ。

課題の言語化には、代理的成功体験が必要【自己啓発系の記事を読み漁れ】

「理解と寛容」を以て人を育てれば、どんな社員でも、入社半年で一人前になるってホント? | ディズニー、NASAが認めた 遊ぶ鉄工所 | ダイヤモンド・オンライン

 

グサグサ刺さる記事。

 

この時期になっても、自分のクラスは、全ての子どもたちにとって安心・安全の場になっていない。

 

その理由が、この記事を読んでみて分かった気がする。

 

それは、

私の子どもに対する、

理解と寛容が足りない

からだ。

 

もっといえば、子どもたちを信頼できていないから、反射的にビクビクして指導してしまっていた。

 

掃除中にボーッとしている子がいれば

「きっと、この子は怠けている」

 

指示したとおりに行動しない子がいれば

「担任のことを軽んじている」

 

と考え、指導してしまっていた。

 

理解しようとするよりも先に、その行動を変えることばかり考えていた。

 

 

人は、ひとりでは生きていけません。
 仕事も、ひとりではできません。
 社会も、会社も、自分とは違う「異質な人」との共存、融和がなければ成り立ちません。
 そのためには、周囲の人に対する「理解」と「寛容」が必要です。

★理解……他人の気持ちや立場を察すること。
★寛容……「包み込む(=包容力)」という概念のこと。相手の長所も短所も、成功も失敗もすべてひっくるめて受け止める。他人の失敗や欠点などを厳しく責め立てない。

 

子どもたちの失敗、欠点

厳しく責め立ててしまっていた…。

 

ああ、後悔。

 

 自社の社員だからといって、命令や強制によって人を動かす社長は、社員に対する理解と寛容が足りません。

 会社は、異質な人が集まる場所です。
 社員は一人ひとり、性別も、年齢も、国籍も、考え方も、得意・不得意も、能力も違います。

 人はみな異質であり、人はみな尊敬に値する。誰もがみな正しい。

 そのことがわかっていれば、「自分の正しさ」を相手に押しつけることはできないはずです。

「自分ができるから相手もできる」と考えるのは、思い上がりです。

 自分にはできることが、相手にはできないことがあります。

「できない」からといって、「なんで、こんなもんもできへんねん!」と相手を非難するのは、間違っています。

 

自分の正しさばかり押し付けていたな。

それをさも一般論のように。社会的な規範であるかのように。

 

先ほどの記事と合わせて、

これからの教師として目指していきたいところが見えてきた。

 

理解と寛容をもって

子どもたちにフィードバックを行い

子どもたちとともに問題解決をしていこうとする姿勢をもとう。

 

そして、子どもたちから、フィードバックをもらいたくなる先生として認知されれば最高だ。

 

考えてみれば、私が尊敬する人は、みんな私を理解しようとしてくれたし、実に寛容だった。

だからこそ、私もフィードバックを求めた。

 

 

ヒントは常にそこら中にあるのに、自分の課題ってなかなか言語化出来ないもので、

だからこそ、こういう自己啓発的な記事を読み漁ることには、価値があると思うんです。