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小学校の先生を120%楽しむ毎日

小学校教員の日々の振り返り。教員志望の学生さん、同業の方、保護者の方、教育に興味のあるすべての方へ。

iPS細胞は、この世界から悲しい「カトちゃんぺ」を無くすのだろうか?

京大:パーキンソン病治験、iPS初の移植 - 毎日新聞

 

私は父方の祖母をパーキンソン病で亡くしています。

 

祖母と会う頻度は少なくて、

でも、それ故に、会う度に病状が進んだなあ、と実感できて、驚くことが多かったです。

赤ちゃんのようになっていくんだなあ、としみじみ感じたことがあります。

 

最後に祖母を見たのは私が19歳の時。

大学1年生の夏休み。

 

祖母のある病室に入ると

ベッドに横になっていて、不思議そうに我々訪問者を一人一人じーっと見てきました。

 

父親が、にこやかに話しかけます。

「来たよー。久しぶり。」

そんな感じで、話しかけますが、当然のことながら返事はなし。

ただただ、祖母は目を見開いて、父親を眺めています。

 

その後も、父親は、

「ほら、◯◯(姉の名前)だよ。大きくなっただろう?」

姉は愛想よくニコッと笑って手を振っていた気がします。

 

「こっちはほら、△△(私の名前)。分からんよな。」

私は、どんな顔をしていいか分からず、

我ながら気の利かない仕草で

愛想もなく、ペコっとお辞儀したかな。

 

 

一通り紹介も終え。

反応のない祖母に、なんとか反応してもらおうとしたのか、父親が

「カトちゃんぺ」

と、往年のギャグをかまします。

 

場が凍りつくかと思ったその刹那。

祖母がケラケラ笑いだしたのです。

 

父親も嬉しくなったのか、笑いながら

「カトちゃんぺ」

と、ノリノリでやってみせます。

 

その度に祖母は大きな声でゲラゲラ笑うようになりました。

 

この光景を眺めながら、私は冷静に

「ああ、この病気は病状が進むと、こんな風に赤ちゃんがえりしてしまうんだなあ。遺伝する病気なのかな?」

そんなことをぼんやり考えていました。

 

気がつくと、

さっきまでの祖母の笑い声は消え

父が「カトちゃんぺ」の手を口に当てたまま

震えていました。

 

しばらくして嗚咽が聞こえ

そこで初めて、父親が泣いていることに気がつきました。

 

父親が泣くところを見たのは、それが初めてで

盤石な足場が崩れるような、不安感と、父親を心底可哀想に思いました。

それと同時に、自分が祖母に対して実に冷淡で、先程まで目の前の状況をまるで人ごとのように眺めていたことに気がつきました。

 

そして、このような、人間にとって理不尽に思えるような病気の存在に言いようのない怒りを覚えました。

 

それが、今や夢のiPS細胞から作られた神経細胞臨床試験とはいえ、脳に移植される。

 

ほとんどSFです。

 

こんな見方をしている人もいますしね。

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今後、人間のテクノロジーはどこまで発展していくのだろう。

何ができるようになるのか。

そして、何が出来ないことなのか。

 

何とせめぎ合って生きていくのか。見届けていきたいなあ。

なんてね。