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小学校の先生を120%楽しむ毎日

小学校教員の日々の振り返り。教員志望の学生さん、同業の方、保護者の方、教育に興味のあるすべての方へ。

土曜参観で、地域の大人と子どもの関わりを見ていたら、子どもたちが地域に向けて企画しているイベントをやっぱりクラウドファンディングで実現して欲しくなった話

今日の土曜参観は保護者の方を授業に巻き込み、大人も子どもたちも素敵な姿がたくさん見られました。

 

総合的な学習の時間で、防災について調べたことを発表しました。

 

その目的は

「自分たちが防災について調べたことを地域の人にむけて、発信したい。しかし、今の自分たちの情報量、伝え方で、地域の方の防災に関する意識が高まるのか分からないから、アドバイスが欲しい」

というもの。

 

防災に関する情報をまとめた冊子を地域の回覧板で回したり

地域の掲示板に貼らせていただくポスターを貼ったり

校内のテレビ放送用に防災の特集番組をつくったり

駅前で配る、防災に関する情報をまとめたチラシをつくったり

近くの幼稚園児たちにも、防災について興味が湧くようなペープサートをつくったり

 

 

様々な取り組みをしています。

 

今日は、教室に取り組みごとにブースをつくって保護者の方に近い距離で説明してアドバイスをもらうことにしました。

 

その雰囲気がなんとも素敵で、保護者の方の傾聴の姿勢。優しくヒントを与えつつ、アドバイスをする様子。そのアドバイスを必死でメモを取って、相槌をうって聞いている子どもたち。

 

グッとくる光景でした。

 

そんな様子を見て

大人たちに向けて必死で発信して、本気でアドバイスをもらおうとするって、大事だな。

今日1日でめちゃくちゃ成長したように錯覚してしまいそうでした。

 

そんなことを考えていたら、一度は管理職に許可をもらおうと、話し合いの場をもっていただいたものの、やんわり却下されたあの企画をもう一度、やっぱり実現させたいという思いがムクムクと膨らんできました。

 

その企画とは

3月9日(土)に学校を開放して(まだ許可はおりていない)防災イベントを開くこと。

 

 

イベントの中身は

 

東日本大震災語り部の方をクラウドファンディング で資金調達(学校から許可はまだもらえていない)して呼んで、震災の実態を語っていただく。

◯起震車を呼んで、大地震を疑似体験していただく。

→上記2つは、子どもたち曰く、防災の意識を高めるため。「備えないとヤバい」という危機意識をもってもらうために、絶対必要なことらしい。危機感をもたなければ、せっかく調べた自分たちの防災の知識を伝えても、行動に移さないから、語り部の方に来ていただき、体験談を語っていただくことは必須らしいです。

 

◯自分たちのブースで、防災について調べたことを伝えたり、ワークショップを行う。

 

などなど、まだまだ内容はこれから煮詰めていきますが、これが実現できたら子どもたちにとって、記憶に残る体験になると思っています。

 

自分たちが資金調達し、許可をもらって、休日の学校を使い、地域社会に向けて発信する。

 

クラウドファンディングで資金調達するには、自分たちのプロジェクトに共感してもらえるような紹介文を考える。その過程で目的意識と「他者に伝える」という意識が明確になり、より主体的に活動に取り組んでいくはず。

なんとか自分たちの取り組みを多くの人たちに知ってもらおうと広報活動もしていくだろうし、その過程で多くの人と関わっていくだろう。

 

そうした結果が、クラウドファンディング の支援総額でシビアに数値化される。

これほど明確な社会からのフィードバックはないだろう。

 

もちろん成功させてあげたいが、仮に失敗してもその体験こそ得難いもの。

 

私がどんなに呼びかけたって、プロジェクトそのものに魅力がなければ、あるいはプロジェクトを立ち上げた文脈に熱いものを感じなければ、そこに投資する人はいない。

そうすると、プロジェクトそのものがポシャる。

 

えらい違いだ。

 

クラウドファンディングを使うということは

子どもが望んでイベントを企画し、

プロジェクトとして立ち上げ、どうしたらそのプロジェクトに共感してもらえるか、自分たちで考えて発信し

目標金額という明確な基準を達成できれば、成功したことになる。

 

 

主体性のあるなし

子どもたちの頑張りが測定可能かどうか

 

今日学年の先生方と2時間話し合って、学年の先生方もこのイベントに乗っかってくれることになった。

 

再来週、管理職に学年の総意として

◯土曜日に学校を開放してイベントを開くこと。

クラウドファンディング で資金調達して、語り部さんを呼ぶこと。

 

 

この2つの許可をなんとしてでも得たい。