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小学校の先生を120%楽しむ毎日

小学校教員の日々の振り返り。教員志望の学生さん、同業の方、保護者の方、教育に興味のあるすべての方へ。

礼儀の指導って

思うところがあって、指導したけど違和感マックス。

 

そんな時、この記事を見つけ

成功する人ほど「礼儀作法」を重んじている | 仕事は人付き合いが9割! | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

作法は、それ自体に意味があるのではなく、きちんと丁寧にルールにのっとって物事を行うことで、心が落ち着く効果がある。また、敬語やホスピタリティといった礼儀は、そこに心がこもっていなくてもOKで、言いさえすれば相手との友好的な関係を築くことに寄与するし、結果的に親愛の情や敬意が生まれることもある。これが、アランの考える「礼儀」です。私自身も、まったく同じことを感じています。

日本にも「親しき仲にも礼儀あり」という言葉があるとおり、近しい人、気を許した人を相手にすると、私たちはついつい礼儀を怠ります。ぞんざいで汚い言葉をなげつけたり、愚痴ばかりこぼしたり、不親切にしたり。そこには「わかってるだろう?」「まあ、堅いこと言うのはよそうよ」「なんでも言い合える仲なんだからさ」という甘えがあります。それではもちろんいけないし、本当の信頼を築くことはできません。いわばどんな間柄だろうと、ある程度「他人行儀」であるべきなのです。

アランは「家庭内は礼儀が特に重要。家族同士は礼儀を怠りがち。だから、たまに来客などがあって、外部の空気が入ってくると、家庭が一瞬ぴりっとする。礼儀が復活する。それはとても大事なこと」という旨の指摘をしています。

『幸福論』が著されたのは約100年前。そのころから、現代で問題になっている、核家族の息苦しさや閉鎖された空間における外部装置の重要性を指摘していたのは、さすがと言わざるを得ません。

もちろん職場の人づきあいにおいても、礼儀と作法は大切です。ちょっと仲良くなったからといって敬語を省いていいわけではない。無礼講だからといって羽目を外していいわけではない。同僚・部下だからといって適当に仕事を投げてはいけない。「礼儀が人を作る」し、「作法が関係性を作る」のです。

 

 

ホッとする。

 

が、すぐにこんな記事も目に飛び込み、

 

日本人は礼儀もアップデートできていない。礼儀2.0世代が感じる「相手の時間を奪う」非効率なマナー | BUSINESS INSIDER JAPAN

 

考える。

 

「礼儀1.0」は相手のために自分がいかに時間を使ったかに価値がおかれる。あなたのことを思っていますよ、と表すために時間を使うことがかつては良しとされたのだ。年賀状を送る慣習や手土産、ゴルフ接待などはその一例だ。

一方で「礼儀2.0」はいかに相手の時間を奪わないかが重要だという。インターネットが出現して通信手段がアップデートされ、相手に何かを伝える手段が圧倒的に増えたことが要因だと、GOROmanさんはいう。

 

なるほど。