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小学校の先生を120%楽しむ毎日

小学校教員の日々の振り返り。教員志望の学生さん、同業の方、保護者の方、教育に興味のあるすべての方へ。

自分のクソみたいな指導からの気づき

懲りずに同じ失敗をしている。

 

例えば、前回の企画も。

www.teachers120.com

 

 

実はこの日、他にも致命的なミスをクラスでしている。

それは・・・

「納得感のない指導」

をしてしまい、焦って

「感情的に怒る」

という指導。

 

それもなんと、1日に3回も。

よくもまあ懲りもせずに同じようなことができたものだ・・・。

私は心に余裕がない時、本当にこういう愚行に走る。

 

焦りが指導を雑にして、その指導に対する子どもの反応にまた焦り

さらに、パワープレイで押し切ろうとして泥沼にハマる。

 

特に、3人目の児童の指導は最悪だった。

クラスレクをやる直前に、全体の前で指導。

指導っていうか文句をつけた。

「終わっていない課題(5年生に向けた日光修学旅行のパンフレットづくり)があるのに、クラスレクの準備を優先するのはどうなんだ?」

といった感じ。

 

するとその子は、大きく足を踏みならし、自分のパンフレットを取りに行こうとした。

その態度に腹が立ち、高圧的に呼び出し、職員室で散々ダメ出しをする。

教室へ戻るとクラスレクはほぼ終わり。

 

私と職員室で話をした児童は、不服そうで、

ボソボソと一人で何かを呟いていた。

私は、冷や汗をかく。

夏休み明けに、その児童が変貌し、私の指導が全く入らなくなったらどうしよう。

そんなことを思った。

 

 

しょうもな!!

 

最悪。ここまで自分で書いてて、あまりにクソ教師過ぎて飽きれる。

 

なんの実りもない。

 

「教師のあり方として、どこか決定的に間違っている。それは、分かっている。しかし、自分のどこが決定的に間違っているのかが分からない」

 

ずーっと悶々と一人で考えていたが、

下記の本を読んで結局シンプルな答えにたどり着いた。

 

言葉を選ぶ、授業が変わる!

言葉を選ぶ、授業が変わる!

 

 

 

奇しくも、先週Amazonで頼んでいたものだ。

 

この本の冒頭に書かれている言葉が引っかかった。

 

親や教師はみな、子どもによりよく学んでほしいし、

これからの人生を自分で切り拓き、

幸福に生きていってほしいと願っています。

 

「子どもによりよく学んでほしい」

これは、教師としては本当にそう思う。

 

・・・のだが。

 

「なんで、よりよく学んで欲しいの?」と聞かれれば

「これからの人生を自分で切り拓き、幸福に生きていってほしいと願っているからです」

と本心からは、答えられない自分がいる。

 

「なんで、よりよく学んで欲しいのか?」

「なぜ、そうまで声を荒げて指導するのか?」

 

理由は簡単で、自分のチンケなプライドを傷つけて欲しくないからだ。

 

自分が無能だと思いたくないから、子どもには授業を聞いて欲しいし、結果を出して欲しい(テストの点を取って欲しい)と思う。

自分の言葉を一番聞いて欲しいからイニシアチブを取ろうとして、声を荒げる。

たった、それだけの話だ。

 

3歳のうちの娘も、自分の主張が通らない時は大きな声を出す。

「これ、食べたいって言ってる!!」

食事中、妻との話に夢中になると、びっくりするぐらいの声量で叫び出す。

 

つまり、今自分がしていることは

教師でもなければ、大人でもない。

 

子どもたちが素直で優しいのをいいことに、自己主張を過剰に繰り返しているだけの3歳児と同じだ。

 

自己有用感のみを追い求めて仕事をするのはもうやめよう。

子どもから心から感謝してもらうことで、喜んでもらうことで得られる喜びをもっと感じていこう。

 

この仕事のモチベーションの源泉が他にあることを実感しよう。

 

 

8月に企画している「先生たちの合宿」

そこで、もう一度深く自分のあり方を見つめ直せるといいな。

 

…という感じで、先週の金曜日から今日までウダウダ自分にダメ出しをしてきた。

しかし、ようやく今日こうして振り返り、ブログにまとめられるようになれたのは、やはり子どものおかげだ。

 

 

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水泳指導のあと、これが職員室の机上に置いてあった。

 

「ちゃんとやったんだ…」

 

 

もうそれだけでホッとした。

あれだけ言って、その子からなんのリアクションもなかったらどうしようかと思っていた。

 

 

 

【今回の件で、分かったこと・気づき】

 

 

①自分が凹んだ時の行動パターンが見えた

 

自分のことが嫌いになるようなことをして、落ち込む。

職員室で、散々話して、「大丈夫だよ」と言ってもらう。

そんなの嘘!

「もうお終いだ」

↓↑100回くらいループ

「なんであんなことやっちゃったんだー」

現実逃避

(ふとした瞬間に、その時の様子を繰り返し思い出す)

自分に言い訳をする

自分の悪かったところを考える

自己嫌悪。

外部からの朗報(最悪の事態は訪れないかも、というサイン。今回の場合、日光パンフレットの提出)

再発防止を考える

自分を受け入れる(あほだなあ。前もやったじゃん、こういうこと)←イマココ

 

つまり、回復に時間がかかる。

一時の感情に流されてとった行動は、前向きに行動できるようになるまで空白を生む。その間、私は周囲に価値を生み出さない。

今回は夏休みに入ったからいいものの、こんな凹んだ状態で子どもたちの前に立っていたら、また焦って同じ失敗をして悪循環に陥っていただろう。

感情に流されてする指導は、更なるマイナスを呼び込む。

 

感情的になったらまず、感情的になっている自分を自覚しよう。なぜ腹が立っているのか、指導の目的はなにか、明確にしてから、指導にあたろう。

 

②誰かのやらかした話を聞いたら、アドバイスではなくて、まず「大丈夫だよ」

職員室で話した時に、アドバイスされるよりも、鷹揚に「大丈夫」と言われたことは、後でじわじわ効いてくるなあ、と実感した。

 

最初に、ダメな自分を受け入れてくれる第三者の存在を確認するのは大事だ。本心から大丈夫と思われているかどうかは別として、言われるだけで救われるし、少し冷静になれる。

ただ、大前提として、「大丈夫だよ」と言ってくれる人のことを信頼していなければダメだ。

 

③自分のことばっかりだった

これは、子どもとの関わりだけでなく、誰かを喜ばせたくて純粋にやることが最近少ないことに気づいた。

ベクトルが自分に向き過ぎている。自分のことばかり考えていると、何もかもうまくいかなくなる。

だから、身近な人たちは愛したもん勝ち。仕方なく、誰かのために何かしてあげる行為は、双方にストレスしか生み出さない。

家族はもちろん、クラスの子どもも、職場の人たちも、地域の人も。

 

④前向きになれたきっかけは、外部からの刺激

結局、今回は自分で自分を鼓舞できていない。

前向きになれたきっかけは、例の子どもが持ってきた日光パンフレットだ。

今回はたまたま、子どもが私に付き合ってくれて、私の望む結果を与えてくれたからいいものの、日光パンフレットが届かなければ、本格的にまた落ち込んでいただろう。

 

だから、落ち込んだ時、自分を鼓舞し、素早く立ち直る方法を知っておきたいと強く願う。

 

今回は、本当に久しぶりに何度も後悔したし、自分はダメだ、とクヨクヨした。

なんとか、気を紛らわせよう(現実逃避)として、漫画を読んだり、本を読んだりしたが、気持ちはどんどん自分の内側に向かうだけで、前向きに現実に立ち向かうファイトが湧かなかった。 

 

何か嫌なことがあると、私はまず誰かに吐き出して、ある程度、自分の状況整理をしたら現実逃避する。

しかし、この現実逃避タイムが今となっては実にもったいない気がしてくる。

 

現実逃避によって意識は内側に向くなら、たくさん人に会って話をしたり、遊んだりすれば、意識は外側に向くのではないだろうか。そうすれば、自ずと現実と向き合い、再発防止に真剣になれるだろう。そして、失敗をどうやって取り戻すかも考えられるようになるはずだ。

 

⑤余裕がない時に自分の嫌なところが出る

当たり前すぎる事実を再確認した。

 

何が余裕をなくすのか。

 

◯学習進度。

◯子どもたちが自分から離れているのではないか?という不安。(子どもとの信頼関係)

◯あの子のテストの点をあげなきゃ!という焦り。

◯保護者との信頼関係。

◯職場での信頼関係。

◯抱えている仕事量。

◯クラスの子ども同士の関係

 

まだまだありそうだけど…

要するに人間関係と仕事量だ。

 

やはり、日頃から人間関係づくりにコストを割くと、かなりプラスに働きそうだ。しかし人間関係づくりにばかり時間を費やすと、自分の仕事が片付かない。この辺のバランスが難しいが、ただこれからはあえて「関係づくり」にコストをかけよう!それが、余裕を生み出す近道に思える。

なぜなら、先週の金曜日は、朝から放課後の研修のことで教務主任と印刷室で議論した。その時、まだまだ信頼関係ができていないなあ、と痛感すると同時にものすごく消耗している自分に気づいた。

教室に着いてからも子どもたちに意識が向いていなかった。

まずは、周りの人間を愛すことで、余裕をつくっていこう。