/>

小学校の先生を120%楽しむ毎日

小学校教員の日々の振り返り。教員志望の学生さん、同業の方、保護者の方、教育に興味のあるすべての方へ。

思いがけない決意の日

本日は強烈な吐き気と倦怠感のために、欠勤。年に3,4回こういう日がある。その都度迷惑をかけて申し訳ないし、ブログなんて書いてるのも不謹慎な気もするが、今日の気づきは残しておきたいので、書く。


午前中、寝て起きたら驚くほど、体調が回復。


近くのコンビニで食べられそうなものを買い込み、
体力も回復。


さて何をしよう。
今更病院に行くのも馬鹿らしい。


「何をやってもいい」
と言われると何をしていいか分からない。


普段、一日の予定を想像し、
「あーあ、かったるい。予定を全部キャンセルして
丸一日好きなことをしていたい」
という願望がむくむくと湧き上がることがある。


しかし、まさにそんなシチュエーションが訪れた時
何をしていいか分からない。


この「好きなこと」というのが曲者だ。


流石に、体は本調子ではないし、
何となく、やる気が出ないので


私はまず、読みかけの
自己啓発本電子書籍で読むことにした。


読んでいる間に次から次へと
読みたいものが増える。
そして、検索したいものも増えていく。


はじめは、
読みかけの自己啓発本
次に漫画。
次に、知識系漫画。
そして、検索。


あまり脈絡なく、
飽きたら次。
という風に情報を消費していった。


そして、これまた本当に唐突に
先日アピタに行った時に見た
動物の人形「アニア」という商品を思い出し、調べてみた。


少し前に、精巧な動物フィギュアに
大人もはまっているという情報は仕入れていたし、興味もあった。
しかし、それはドイツのシュライヒという会社の
フィギュアであり、アニアとは別物であることが分かった。


アマゾンで調べてみるとなかなかの値段だが、
素敵だ。
子どもも喜ぶだろうし、
インテリアとしても、家に欲しいな。と思った。

 


ここまで振り返ってみても
私は何一つ生み出していない。
それどころか
タダで消費できる情報では飽き足らず
お金がかかる、モノの消費に心が動いていた。

私の好きなこととは、情報やモノを消費することなのか…


「これではいかん。」


そう思い、同じ情報消費でも
Kindleで、日本の歴史の漫画を読み漁る。


社会の授業で使えるネタはないか
ザーッと読む。


算数の授業のことも教科書を見て考える。


授業イメージを膨らませていくうちに
だんだんと平日に家にいるという特別感は薄れ、
現実に戻ってきたという感覚が強まる。
別に憂鬱な気持ちはなかった。
どちらかというと、地に足がつき、ホッとした気持ちの方が大きい。


堀江貴文氏は、熱中できることにとことんハマって
突き抜ければ、それが本人にとって遊びでも仕事になる。
そんなことを主張している。


イケダハヤト氏も
サラリーマンを辞めて、
自分の時間を切り売りしてお金をもらうのではなくて
コンテンツを作ってお金をもらったら?
そんなことをよくブログで訴えている。

 

一見すると、もっと楽をして自由に生きる抜け道をこの人たちは知ってるのでは!?

と、期待してしまうような主張だが、この方達はストイックが当たり前の方達だ。

 

そもそも、考えてみてほしい。

遊びに熱中できる人は、仕事においても成果が出せるだろう。遊びも突き詰めれば、何らかの作業の積み重ねである。いつかは、飽きる。
しかし、熱中する人は実験する。こうしたらどうなるんだろう?その好奇心に突き動かされ、pdcaを回し、その遊びにおける高みに上っていく。


自分でコンテンツを作り込める人は、サラリーマンとしても優秀だろう。コンテンツづくりは、誰かに喜ばれるものを考える作業。誰かに喜んでもらうことが仕事の本質だ。こういう人は与えられた仕事をただこなすのではなく、喜びを最大化していくだろう。


今日一日という日を噛み締めて思った。何かを生み出していきながら、自由に生きるのは大変だ。

 


誰かが喜ぶことを
世の中の片隅で、
報われる保証もなく
それでも前向きに
日々試行錯誤していくことを
黙々と行わなければならないからだ。


これは、想像を絶する孤独である。


そう考えると
先生というものは気楽である。
教科書がある。
教室がある。
そこに、子どもがいる。


とりあえず、学校に行き、教室にいて
子どもが一応真面目に授業を受けてくれていれば
それでOKだ。


客を集めなくても客はいる。


これがどんなに有難いことか、
セミナーをやって骨身に沁みた。
本日唯一の生産的な活動である「授業準備」=コンテンツづくり。
これだって、消費してくれる客がいなければ
何の意味もない。


しかも、このコンテンツづくりも
教科書を使えば、それなりに形になる。
何より扱うコンテンツの価値は数値化されない。
ひどく曖昧なのだ。


それなのに、毎月一定の給料が貰える。
なんてイージーゲーム。


…と幸い今は思える。
しかし、教師という仕事にもリスクがある。


それは、人間関係だ。
子ども、保護者、そして仲間であるはずの同じ職場の教師に潰されることもある。


やはり、こうしたことに潰されないように
自分が生み出した、売れ筋のコンテンツが必要だ。


そのために、まずは2年間この仕事に熱中する。
どんなに忙しくても、教材研究を欠かさない。
毎日授業で冒険する。

 


何にせよ、今日分かったこと。
みんなが働いているときに、何も生み出さず、ただ消費活動に勤しむのは何とも虚しいが、生産的な活動をした時に、ホッとした感覚。これを忘れないようにしたい。そして、これからは、生産活動をよりワクワクしていけるようにしていきたい。

そのためには、トライアンドエラーをしていく。
自分の売れ筋商品を作るまで。最低2年間粘る。