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小学校の先生を120%楽しむ毎日

小学校教員の日々の振り返り。教員志望の学生さん、同業の方、保護者の方、教育に興味のあるすべての方へ。

反応しない練習

本日、こんなものを久しぶりに読み返しました。

 

 昨年の1月にKindleでセールでしたのでポチッと買ってしまいました。1404円が→421円ですよ。定価で買うのがバカらしくなりますね。

ビジネス書やら、自己啓発系の本などは、こうした大幅割引を行うのでついついたくさん買ってしまいます。

 

「自分への投資だから…」

 

とか言い訳しつつ。

 

おかげさまで、私のiPhoneには、読まれていない本がもう10冊以上たまっています。積ん読ならぬ、積んdleです。

 

 

まだまだ前半しか読んでませんが、感想書かせていただきます。

 

まずは、これ。

 

苦しみをもたらしているものは、快(喜び)を求めてやまない「求める心」なのだ。

 

人間の人生とは、そもそも

①求める心があり

②それが、7つの欲求を生み出し

③その欲求に突き動かされて、人は反応する

④ときには、欲求を満たす喜びが

⑤ときには欲求がかなわない不満が生まれる

 

ブッダは人生を「奔流」「激流」と言い表したそうです。

 

求める心が輪廻の洪水  〜満たされなさの繰り返し〜  を作っている。

さまざまな欲求が、奔流となってこの身を突き動かしている。

 

なるほど。

 

仏教の世界では、悩み、苦しみの原因は執着にあると言われており、

全ての悩みは心の反応から始まっているという前提で話がなされていきます。

 

心の反応とは、求める心を間に受けてしまうこと。

そうなると、心の満たされなさにかられて、人生の変化を求め続けることになってしまう。

 

求める心のうち、現代社会において・・・っていうか私にとって、承認欲求が特に厄介です。

 

 承認欲求自体は、子どもの頃「親に愛されたい」という素朴な欲求として現れ、成長すると、「褒められたい」「優等生でいたい」「人気もになりたい」という自意識に育ちます。

そして、大人になって「人に尊敬されるような仕事や地位を」なんて思うようになる。

で、こうした思いを作っているのは、「自分を認めて欲しい」「注目して欲しい」「愛して欲しい」「評価して欲しい」という承認欲求です。 

 この欲求で、外の世界に反応すると、「周りは期待に応えてくれない人間ばかり」だから、不満や物足りなさを感じます。人間も世の中も「なってない!」と憤慨したりします。

 

こういう反応を教師になってから、よくしているような気がします。

子どもたちに対して

「なんで自分の言ったことを聞かないんだ」

 

あとは、先生に対しても

「なってない!」なんてね。

 

私は、

他人の小さなことが目について、不満を感じて、

いつも不機嫌でいる自分が大嫌いでした。

 

でも、それも結局は「もっと自分を認めて欲しい」という承認欲求に基づくものなんですよね。

 

そうやって、「自分には承認欲求がある」と認めて

心の渇きの正体に気がつくことで、心の反応が静まっていきます。

 

「この反応の理由は、承認欲だ」と理解しないと、つい反応して

人の目を気にして、嫉妬に駆られ、較べたり、競争したりして、舞い上がったり

落ち込んだりと、動揺しまくりの人生を繰り返すことになります。

 

まあ、何かに心がかき乱された時に、

「あれ、なんでこんなに心が反応しているのだろう?」

と自分に語りかける習慣を 身に付けるのは、並大抵ではないと思います。

 

でも、心が反応して少し嫌な気持ちになった時、

無理やりポジティブに振舞おうとするのはやめて、

ブッダの考え方の基本である

「まず、理解する」ことを意識していきたいです。

 

「この不満は、承認欲求の不満なのだ」

 

繰り返し、言葉で、客観的に理解するように努めていこう。