小学校の先生を120%楽しむ毎日

小学校教員の日々の振り返り。教員志望の学生さん、同業の方、保護者の方、教育に興味のあるすべての方へ。

横浜国際フォーラム

行ってまいりました。

 

天気も良くて、みなとみらいの街はなんとも素敵に見えました。

 

プレゼンの大まかな流れやスライドについては、把握していたものの

原稿の内容は全くチェックしていませんでした。

 

なんとも無責任かもしれませんが、

これも子ども達が本気になっていないシグナルなのか、

私を信頼していないというサインなのか・・・

 

いずれにせよ、私から

「先生に原稿見せなさい」とは言いたくなくて・・・

 

極力発表の内容も細々したことは言わず、

プレゼンに対し、

「1つ前のスライドは、よく分からなかった。なんであの写真を使ったの?」

「結局、何が伝えたいの?」

「飢餓を無くしていくために、様々な取り組みをしていることは分かったけど、そもそもなんで、あなた達が、飢餓を無くしたいのか全く伝わらない」

 

そんな感想を伝えてきただけでした。

 

私の学校の発表は最後。

他校の子ども達は原稿を必死で見ながら、一生懸命にプレゼンをしています。

当然のことながら、正しい文章。

しっかり先生が校正したのだろうな。

 

私は冷や汗を流していました。

「まずい。そもそも子ども達が原稿を書いている姿なんて見ていない。」

 

 

でも、結果。

 

ものすごーーく手前味噌なのは承知で

予想以上に、分かりやすい説明で、しかもそこそこパッションを感じる

プレゼンでした。若干スピーチっぽかったですが・・・

 

最後の締めくくり

「みなさんも、飢餓をなくすために行動してみませんか。いえ、行動しましょう。世界は私たち一人一人の行動で変えられます。」

 

この後に、大きな拍手が起こります。

私も、感極まって拍手します。

すごい!!本当に自分たちでここまでよくやった!!!

立派だ。

 

 

という、気持ちにもなったのですが…

しばらくすると

実際のところ、どうなんだろう。

子ども達は、どこまで本気なんだろう。

 

・・・うーーーむ。

 

正直、子ども達は本気で世界を変えられるとは思っていないのではないかなあ。

今までの子どもたちの様子を振り返ると

ただ、世界を変えようとしている自分たちに酔っているような気さえしてきました。

 

もし、本気で世界を変えようと思っているなら

まずは学校内にもっと呼びかけると思うんですよね。

 

あと、日常生活の中で、飢餓に苦しむ子ども達に心をくだいているとは思えないんですよね。

確かに給食は残さず食べるようになりました。

でも、例えば給食当番として食缶を給食室に返す際、

学校中の給食の残しを子ども達は目にしています。

 

でも、そこには一切触れず

「ごちそうさまでしたーー!!」

と、元気に挨拶して終わりです。

 

飢餓の問題に取り組んでから

1度たりとも、

「うわー、こんなに残してもったい無い」

と呟く子を見たことがありません。

 

一応、

私のクラスの子ども達が最も課題意識を感じているのが

食品ロスです。

https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201303/img/04_01.jpg

 

ご覧の通り、世界の食糧支援量の2倍近く、日本は食品を捨てている。

 

その一方で、

世界では1分間で17人飢餓で亡くなっている。

 

この事実を知った時、

「このことを知らずに、食べ物を残していた自分に腹が立った」

という感想を書く子どももいました。 

 

お昼の校内放送で、学校全体に世界の現状を伝え、「給食を残さないようにしよう」と呼びかけもしました。

 

この言行不一致をどう捉えればいいのか。

もちろん。

「子ども達だって、そんな四六時中、飢餓の問題について考えているわけでもないだろうから、しょうがない」

といった意見もあるでしょうし、

「口には出さないだけで、校内の残食量に対し、子ども達は胸を痛めているかも・・・」

といった見方もできます。

 

 さらに、教師のおまじない

「うん、子どもたち頑張ってた!(キリッ)」

で全て済ますこともできる。

 

でも、そう言いのけてしまうことだけはしたくないんです。

子どもの目的意識がどこにあるのかと目的達成の本気度を見極めようとしなければ、なんだか子どもたちをブラック労働に慣れさせてしまうことになりそうな気がして…

 

子どもたちが自分たちの活動に、どれだけ価値を感じているか、意味を見出しているのかが大事だと思います。

総合的な学習では、「自分ごとの問題」として、本気で取り組んでいるかを見極める必要があると思います。

 

私は、「自分ごととして問題解決に本気になる」ということは

「一つの事柄について常に考えている状態」だと思っています。

 

何か悩みがある時って、気がついたらそのことについて

考えていませんか?

忘れたくても、ふと思い出してしまう。

 

なぜなら悩みは常に「自分ごと」であり、

「本気にならざるを得ない問題」だからです。

本人にとっての切実感が半端じゃないものが悩みですよね。

 

少なくとも、子ども達にとって

飢餓の問題とは、そういうものではない。

自分ごとにするには、距離感があるんですよね。

 

そこの距離を近くしてあげるのが教師の仕事だと思うのですが

そこについていい仕事ができていないということだと思います。

 

先日のブログで、自分の授業を見て

なんとなくうすら寒い感じがしたのは

 

kengobonbei.hatenablog.com

 

子ども達が本気ではなくて、「本気の演技」をしていたから

なのではないかなと思いました。

 

子どもたちの頑張りを疑うなんてけしからんという方。

違います。

私は、自分が子どもを本気にさせられているのか、

教師の頑張りを疑っているだけです。

 

子どもたちの「ホンモノの本気」をたくさん見て、

子どもたちの本気がホンモノかどうか、

見極め、ホンモノの本気を引き出せるようになりたいものです。