小学校の先生を120%楽しむ毎日

小学校教員の日々の振り返り。教員志望の学生さん、同業の方、保護者の方、教育に興味のあるすべての方へ。

「いいと思います」をいいと思わない

昨日、自分の授業研当日のビデオを見た。

 

自分の動きや子どもとの関わり方をここまで客観的に見たのは生まれて初めてかもしれない。

 

自分を俯瞰するっておもしろいなあ。

こんな感じで見られてるんだな。

 

 

 

さて、本題。

授業を見ていて一番気になったのがタイトルの通り。

子どもたちの

 

「いいと思います」

 

 

私のクラスの子どもはあまり、「いいと思います」を言わない方だし、言わせてこなかったのに・・・

授業の最中、なんでもっと違和感を感じなかったんだろう。

 

もともと、このリアクションは嫌いだったけど、よりによって子どもたち。

授業研当日に張り切って、みんな言ってる。

「いいと思いまーす」

…さむっ。

そこに突っ込まない自分が謎。緊張してたのかな。

 

しかも、その「いいと思います」の場面が、授業の冒頭で、絶対言っちゃダメなところ。

前回の振り返りを受けて、今日はどんな活動をどんな目的意識をもって取り組みたいのかを発表する場面。

普段あまり手を挙げない子どもが、勇気をもって発言した後、満場一致の「いいと思います」

 

子どもたちとしては、発言した子どもを勇気付けようとしたのかもしれない。

 

でも、やはりそこは

「え、いいと思いますってどういう意味?どこがいいと思ったの?」

と切り返すべきだった。

 

 

その日の活動目的と、活動内容はおのおのがこだわって持っていて欲しい・・・

そこで、「いいと思います」が出るということは、目的意識も薄く、活動の意欲も低いということの表れだ。

 

「(どうでも)いいと思います」という思考に繋がっている

気がする。

 

 

よくよく考えてみれば、

他者の考えが「だいたい自分と同じ」だから「いいと思う」と口に出すことの弊害

は、大きい気がする。

 

そもそも、私は誰かのアイディアに100%いいと思う時って滅多にない。みなさんもそうじゃない?寸分たがわずってことはなかなかないでしょう。

 

もちろん私だって、「いいと思う!」とノリノリで賛同することはある。
でも次の瞬間、「本当にそれで良かったのか…」とモヤモヤする。それが自然だし、最善の選択をしていくために必要な思考なのでは?
そういう思考をする機会を奪うことになるのではないだろうか。

 

さらに、こうした思考って、自分の思いに妥協して生まれる産物、というか廃棄物。

その人の考えと「だいたい同じ」って思うということは、自分の思いと違うところがあると気付いているわけだからね。自分の思いにリスペクトがない。

だから自分の思いを妥協する人は、相手の思いも本気で理解しようとしないと思う。

「はいはい、あなたはこういうこと考えてるんでしょ」っていう感じで、あしらってしまいそうだ。

 

 

相手の考えに安易に同調することは、自分の思いを軽んじること。

そうすると、自他尊重の気持ちも弱まるし、自他尊重の表現も学ばなくなる

 

考えすぎ?私は結構本気でそう思う。

 

「日本人は自尊感情が低い」

 「日本人は建設的な対立が出来ない」

「意見の対立をそのまま人間関係の対立と受け取ってしまう」

 

 

ってなんかの記事で読んだけど、このことと無関係ではない気がする。

 

そして、これらの根本的な原因が実はこの「いいと思います」を言わせてしまう先生のセンスによるものでは…それは言い過ぎか。

 

 

いずれにしろ、私に関して言えば

「子ども一人一人の思いを大事にする」

と指導案に書いたのだからもっと敏感に反応するべきだったということに疑いはない。

 

 

何より、私が考える「いいと思います」の1番の弊害は…

 

多数派でいることの安心感を刷り込んでしまうこと。

 

「自分もおんなじ。あー良かった。」

そういう空気感が染み付くような気がする。

そんな空気の中で、尖った意見は出てこない。多様な意見は出てこない。

 

「いいと思います」と、みんなが言ってるクラスって、一見お互いを認め合う風土があるように見えるけど、逆に多様性を認めようとする風土が醸成できていないのではないだろうか。

 

ビデオに映る子どもたちの「いいと思います」を見て、そんなうすら寒さを感じた。

 

そのうすら寒さの原因が、こうして書いていく中で少し分かってきた気がする。

 

この言葉は、

他人の人生を生きること

につながるのだ。
意思決定を他人に委ねるわけだから。

 

そして、安易に他人の考えに同調し、同調圧力を自分たちで高めて息苦しくしている。

 

そんな印象を受けた。

 

そんな中では、本当の自分を見失うことにならないだろうか。

 

自分は何に喜び、怒り、悲しむのか。

そんな感情さえもぼやけてきてしまうのではないだろうか。

必要なのは、感情を押し込めるのではなくて、自分の感情を、自分という人間をどう表現するか。

そのスキルを教えられなければ、というか自分が出来なくてはダメだな。

 

誰よりも自由に、自分の時間を、自分の人生を送るために。

 

くそー。

綺麗に授業をしすぎて、段取りばかり考えていた。

 

ビデオの中で机間巡視している自分を見ていると

自分を。クラスを。良く見せようということばかり考えて指導をおろそかにしているのがよくわかる。

本気で指導してない。

 

ダサ!

 

とにかく。

自分の授業をビデオで見直すって超いいですよ!

気づき満載です!

 

みなさんもぜひ!