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小学校の先生を120%楽しむ毎日

小学校教員の日々の振り返り。教員志望の学生さん、同業の方、保護者の方、教育に興味のあるすべての方へ。

授業研終了

本日の授業研。本当に得るものが多いものになりました。

 

今日までずーーーっと。

授業研のことは、心のどこかで引っかかっていました。

 

今年一年は、総合の年と言っても過言ではないですね。

関連した記事、かなり書いてますね。

 

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職場の先生の気づき、講師の先生の話、どれも自分の胸に響来ました。

 

成長のきっかけを与えてくださった皆さんに感謝です。

 

そして、色々な方の気づきを素直にアドバイスと捉えて、受け入れられる自分も成長したし、余裕が生まれたなあ、と思いました。そこも嬉しい。

 

それでは、本日のダイジェスト。

 

朝からこの黒板です。

 

f:id:kengobonbei:20180131202734j:plain

 

おおお

今見ると力みすぎて・・・。「根拠は俺!」って。

うん。尋常じゃないですね。

 

怖い。

 

でも、ここ最近、本当に子どもたち頑張っていたので、ついつい

書いてしまいました。

まあ、もちろん。気持ちを持ち上げて

本時で、いい姿を見せてほしいという下心もありますけど。

 

さて、本時の細かい話は、また別で詳細を書くとして・・・

 

放課後の研究協議会では、こんな話が出ました。

f:id:kengobonbei:20180131202413j:plain

 

ざっくり言うと・・・

「本時で狙っていたチームで協働してプレゼンを作る子どもの姿は見えたけど、もっと手立てを打てば、プレゼンは高まっていったよね。

でも、子どもたちの学ぶ姿勢や、学び方の理解。学級の規律については、よく鍛えたね。」

 

と言うところ。

 

講師の先生から、正直もっと褒められると思いました。

 

でも、やはり見抜かれていたのです。

 

 

「飢餓の問題」が子どもたち一人一人の自分ごとになっていなかったということ。

 

 

そりゃそうなんですよね。

 

横浜国際フォーラムも、YOKEの職員の方に、誘われて発表者として参加しようということになりましたから。

 

本来、自分たちが、何としてでも世界の現状を伝え、飢餓をなくして行きたい。という思いが先にあって・・・そのために、どこか発信できる場所はないかな?

→探してみよう→あった!横浜国際フォーラムで、他校にも発信しよう!

という流れが、自分ごとになっている流れだと思います。

 

 

講師の先生がおっしゃったことで印象に残ったことをいくつか上げます

 

○子ども観の転換

以下、講師の先生持参の資料より引用

【未完の姿で完結している】

ああでなければならない

こうでなければならないと

色々に思いめぐらしながら子どもを見るとき

子どもはじつに不完全なものであり

鍛えて一人前にしなければならないもののようである


色々な囚われを棄て

柔らかな心で子どもをよく見るとき

その仕草の一つ一つが実に面白く

はじける生命のあかしとして目に映っている

「生きたい、生きたい」と言い

「伸びたい、伸びたい」と全身で言いながら

子どもは今そこに未完の姿で完結している

 

本当にそうだよな。と思いました。

やっぱり言葉って大事。

多分こういうことってなんとなくモヤモヤ考えたことはあるんですが、

こうして言葉で紡いだものを読むと。

うん、やっぱりそうだよな。こういう気持ちで子どもに接することができれば・・・

って思いますよね。

 

自分の教師としての在り方に

方向性を与えられるような気持ちになりました。

 

 

 

○まとめ・表現は火山の噴火

ちょっと、今このタイミングで火山の噴火というのが適切かどうか・・・

という前置きがあり、語られました。

 

総合の学習の流れのまとめ・表現ありきで勝手に授業を進めてはならない。

子どもが必要感や切実感を感じて、自ら課題設定し、情報収集し、整理分析し、十分に知識を落とし込み、何か伝えたくてしょうがない。あるいは実際に行動を起こしたくてしょうがない。という状態を

「マグマが十分に蓄えられている」というイメージに例えておられました。

マグマが十分に溜まっているか見極めて、刺激を与えれば子どもがこちらの予想を上回る表現を見せるとのこと。

 

そんな瞬間を作っていきたいなあ。

 

 

○AIにはない情意を伴った知識の習得を

 

本日の授業で、お互いのプレゼンを見合ってアドバイスする中で

「○億人が餓死しています」

「○歳以下の子どもが栄養不良でなくなっています。」

 

といったことがそこかしこで聞こえてきた。

 

でも、「人が死ぬってどういうことなのか」

何千万人、何億人の死をどう捉えているのか。

 

そのあたりの子どもの思いが見えてこなかった。

 

 

これには、ハッとしました。

プレゼンの目的は行動を促すこと。

 

とにかく、飢餓をなくしていくための行動を起こして欲しい。

そのために、インパクトのある数字。

悲惨な現状を強調しよう。

 

といった、指導を直接的ではなくても、子ども達にしてしまっていたのかな。

 

やはり、子ども達の「本物の主体性の有無」とも関わってくると思います。

 

本来ならば、無情な数字で表される悲惨な現状・・・死と向き合い、

思いを言語化し、行動に移すはずなのに。

 

良いプレゼンをするという目的があって、手段として、悲惨な現状を取り上げている。

 

 

○主体性と指導性はトレードオフの関係ではない

 

ここが、私の長年のモヤモヤにヒントを与えてくれた一言!

もちろん、教師の介入のしすぎは子どもの主体性を折ることになりかねないのですが、こちらの指導がなければ、子どもが主体性を発揮していくことは難しい。

指導によって、子どもに選択肢やモチベーションを与えるイメージなのかな。

とにかく、この考え方は一つの突破口になりそうです。

あー楽しみ。

 

 

 

それにしても・・・

今こうして書いていても、改めて本当に得るものが多かった。

 

こんなに一つのことにハマって、考え続けてこれたのも学年の先生方のサポートのおかげ。

 

何より、アドバイスを素直に聞きたくなる職場の仲間に恵まれている現状がたまらなくありがたいと思います。

 

今日の授業は5時間目。給食もあまり喉を通りませんでした。(全部食べましたが)

でも、それって変な話だなあといまでは思います。

 

どんだけ、身構えてるんだよって。

 

同じ職場の仲間がアドバイスをくれるために見にきてくれているだけなのに、

自分を必要以上に良く見せようとしていた。

そんなに自分を高く売り込んで、私は何がしたいんだろう。

 

皆さんに認められ、発言権を得て何がしたいんだろう。

そもそも、授業がどんなにすごくても、他者を慮ることができなければ、学校を変える発言権は得られない。

 

その点、私が同じ学年を組んでいるお二人は、いつも周りの人の気持ちを考えている。

 

先ほどの研究協議会が終わり、校長室で講師の先生と話をした後、

自分の机に戻るとこんなものが置いてあった。

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先ほどの研究協議会で使った模造紙だ。

このリボンがあるだけで、とても温かい気持ちになる。

 

そして、帰りがけ、学年の先生方が立ち上がり

まっすぐに私を見つめて

「今日はお疲れ様です。本当に勉強になりました」

 

と言って下さいました。


今の私が形だけなぞって、後輩に同じことをしても

今の私が感じているだけの感動は与えられないだろう。

 

私が組んでいる先生方がこれをやると

ポーズではなく、本心でそう言ってくださっていると

素直に信じることができるのだ。

 

信頼は日々のちょっとした積み重ね。

 

私もこんな素敵なベテランになるべく、

信頼をコツコツと貯金しよう。

 

GIVE&RESPECTの精神を持って。