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小学校の先生を120%楽しむ毎日

小学校教員の日々の振り返り。教員志望の学生さん、同業の方、保護者の方、教育に興味のあるすべての方へ。

本当に子どもが好きですか?

本日は一人で子どもを迎えに保育園へ。

めちゃめちゃ笑顔で、

「今日ハロウィンだったんだよ!」と超ハイテンションで駆け寄ってきて癒される。

 

 

しかし。

 

車で迎えに行ったのが運のつき。

 

いざ、帰ろうと保育園の駐車場に向かうと

下の子が「嫌だ嫌だ。歩いて帰りたい」と、泣き叫ぶ。

凄まじい大音量。

 

少し気圧されながらも

 

「そうか、歩いて帰りたいんだよね。」

「でも、車を保育園に置いたままにしておけないからね。」

「今日はごめんね」

なんて言っても、当然のことながら泣き止まず。

あまりの大音量に周りのお母さん方もチラチラと視線を送ってくる。

 

無理矢理抱っこして、車内へ。チャイルドシートに座らせ、そそくさと出発。

 

 

車内でもとてつもない泣き声。

ものすごいストレスを感じつつ、駐車場に着く。

 

チャイルドシートから降ろした後も、座り込んでしまい、けたたましく泣くので

 

「じゃあ、これからお散歩しようよ」

 

と言ってみるも泣き止まず。

 

「そっか、さっき保育園からおうちまで歩いて帰りたかったんだよね」

 

などと、言ってみるも首を横に振り泣き止まず。

 

しょうがないので、無理矢理だっこして、家までいく。

 

その間も上の子は黙々と歩いてついてくる。

 

こういうとき、本当にお姉さんだなあ。と、聞き分けが良すぎる上の子がなんだか切なくて、ギャーギャー泣いてる下の子に腹が立ってくる。

 

 

家についても、足をバタつかせ、泣きわめく妹。

どんどんエスカレートして、玄関のタイルに足を叩きつけるので、さすがに抱っこして落ち着かせようとするが、無理。

 

すかさず、大きな声で

「聞いて!!」と言って、驚かせて黙らせる。

泣きやんだその隙に

「まだ、お友達保育園の方にいるかもしれないから、今からみんなで歩いて言ってみようよ」

と言ってみるも、首を横に振って、またわめきだす。

足をバタつかせ暴れ出す。

 

「・・・もうやだ。」

「やってられんわ。」

「早く話が通じるようになってくれよ」

 

恥ずかしい話、思わず呟いてしまった。

このとき、3歳の我が子に対し、「自分は誠意を持って説明しようと試みたし、子どもの思いを大事にしてリカバリーを図ろうとしたのに、あまりにも理不尽な扱いを受けた」と本気で腹を立て、ふてくされてしまった自分がいることに気がつきました。

 

なんなんでしょう。この大人気なさ。まさに大人気ない。

 

 

その後、とりあえず、お気に入りのタオルを渡し、ミニオンズを見せ、落ち着かせました。

 

 

そんなことがあったので、

 

 

この記事が刺さりました。

 

実は能力がないと「子どもが好き」な教師にはなれない: 教育問題の解決方法を考える

 

 

クラスのなかの数人は聞き分けのない子、肌の合わない子がいるはずです。そうした子どものことは、つい除外して、残りの大部分の子どもを念頭に置いて「子どもが好きだ」と言ってしまいがちです。

 

こないだハピペンさんに教えていただいた2:6:2の法則でしたっけ?

どうしても合わない子はいますよね。

「子どもが好き」と答えるときに頭の中に思い浮かべる子どもは、いったい誰だろう。

 

これは、我が子に対しても言えます。

 

我が子は双子の女の子ですが、タイプが全然違います。

 

人間同士、親と子にも合う合わないはあるでしょう。ここでいう「合う合わない」というのは、相手がしたことに対して、「共感できることが多いか少ないか」。あるいは、「相手の思いや、行動に至るまでが理解しやすいかどうか」です。

 

そこから目を背け、「親と子は以心伝心は当たり前」みたいな気持ちでいたからこそ、下の子に対して、腹を立ててしまったのかもしれません。

 そもそも、子どもに対し、こちらの気持ちを汲んだくれ。というスタンスってどうなの?

ひとりの人として、理解しようとしなければならないなあと思いました。

 

問題は無意識に除外されがちな子どもたちに、担任はどう接するかということです。教師の資質の真価が問われるのは、実にその点にこそあるのではないでしょうか。


「たとえ肌が合わないと感じる子でも、意思疎通をはかって、その子を理解しようとする」ためには、子ども理解のための知識と技術を必要とする。

 

 たとえば、その子どもの発達段階の特徴は何か、その子の背景にどのような家庭や地域があるか、などは子ども理解の基本的知識であり、そうした知識を得ながら指導に生かすことのできる技術である。

 

考えてみれば、「3歳の子ども」について、詳しく知らない。

うん、もっと勉強しよう。理解しようとしよう。