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小学校の先生を120%楽しむ毎日

小学校教員の日々の振り返り。教員志望の学生さん、同業の方、保護者の方、教育に興味のあるすべての方へ。

仕事≠自己実現

この記事。刺さり過ぎました。

 

仕事はな、おまえが好きだって思えば、向こうも好きだって言ってくれるんだ。 | Books&Apps

 

自分が成長できるかどうか、充実感があるかどうかが、仕事のモノサシだった。

「仕事とは何か」をはき違え、自己実現を求めていた。どんなに頑張っても突き抜けなかったのも、いまから思えば当然だ。

 

やばい。完全に私だ。

 

仕事=他者貢献

 

当たり前なんだけど。基本はこれ。

もちろん仕事は自己実現にもなり得るし、そっちの方が望ましい。

 

でも、この他者貢献が前提にないと、そもそも仕事ではなくて、単なる自己満足になってしまう。

 

教師は、特にこの辺を履き違えてしまいそう。

 

本当に子どもたちの力になれているのか曖昧なまま、分不相応なくらい子どもや、保護者から立場上、感謝されることが多いからだ。

 

感謝されるのが当たり前になり、次第に傲慢になっていく。

いつしか子どもを自分の思い通りに…つまり、自分の自己実現のツールとして見なすようになっていく。

 

 子どもたちのことを第一に考えずに、自分が脚光を浴びるために、自分が楽しむために、楽するために子どもたちを指導していないだろうか?

 

何が子どものためになるか真剣に考えず、頑張った気になって、なんで自分はもっと周りから認められないんだろう?突き抜けられないんだろう?

などと考えるのは、大間抜けもいいところだ。

 

 そうして、ふと頭を過るのが、他にもっと自分にふさわしい仕事があるのではないか?

という浮気心。

 

ほとんどの人は、本業がつまらないから、といいかげんにやり過ごして副業に精を出そうとしても、そこに残るのは、さらに興味が持てなくなった本業と、やっぱり面白くもなく、稼げもしない副業でしかない。

 

心底、その仕事にはまって、楽しんだことのない人が、他のことに手を出しても、同じことの繰り返し。

 

僕は、流行りとか、周囲の「意識が高そうな人」の話に影響された人が、向いてもいない「はたらかない、自由な人生」を選択するのは、危ないと感じています。

自由って、やりがいはあるけれど、けっして、ラクな道ではありません。

 

ですよねー。今までコツコツ生きてきた。

試験勉強ですら一夜漬けではなく、毎日少しずつ勉強をしていた。

 

そんな自分が、ドカンと一発何かを立ち上げ、世の中にインパクトを与える姿はなかなか想像できない。仮に、世の中を動かすようなアイディアをもっていてもそれを実現するためにどれだけ本気で行動できるかは、本気になった経験の数で決まる気がする。

 

「『働きたくない』というあなたへ」のなかで、著者のこんな言葉が出てきます。

「選んだ先が、結果的に、すごくいいところだったとか、よくなかったとか、自分の選択が、あとあと、まちがっていたとか、いなかったとか、そんなことはどうでもいい。意志のある選択こそが、自分の人生を創っていくんだ」

phaさんのように、自ら「はたらかない人生を切り開いている」人は、それで良いのです。

でも、「ネットで有名な人がそう言っているから」というのがきっかけであれば、よく考えてみることをおすすめします。

それは、本当に「あなた自身の選択」なのか?

 

本業で、試行錯誤しながら一生懸命仕事をすること以上の見返りがある副業って、ほとんど無いから。

本当に頑張っている人は、誰かが見てくれているものだから。

たとえ、誰もみてくれていなくても、自信につながるものだから。

 

本当にそうだ。

まずは、できる限りの努力をしよう!

精一杯。

 

1年間、考えられる限りの努力をしてみて、それでもまだ、他に目移りするようなら、その時は外に飛び出してみよう。

 

まずは、努力を当たり前のようにしている方から努力の仕方を学ばなければ。

 

みなさん、よろしくお願いします。