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小学校の先生を120%楽しむ毎日

小学校教員の日々の振り返り。教員志望の学生さん、同業の方、保護者の方、教育に興味のあるすべての方へ。

休日も職員ホームページ更新してます。

2017.9.23 土曜日

 こんな記事を読みました。

詰め込み教育が、想像力・創造力を高める理由」
以下引用。

数多くのインプットが複合的に組み合わされて、個性的なアウトプットや今までにな
いものが出来上がる。
ここ数年、ずっと日本の詰め込み教育の弊害が言われてきているじゃない。それに
「インターネットの普及で、記憶しなくてもネットを外脳として使えば、能力は無限
大だ」なんてことを言っている人もいる。

 

おお、まさしく自分のことだ。インターネットで無償で垂れ流されている知識や情報
そのものに価値はない。知識、情報を活用し、新たな価値を創造する力こそが必要だ
と思っていました。ネットを外脳として使えばいいじゃん。違うの?

 

 

続きを読みます。

でも考えてみてよ。そりゃネットで検索すればなんでも出てくるよ。ほとんどのこと
は調べられる。最近は、文字を入力しなくてもスマホに語りかければ検索してくれ
る。でもいくら音声検索の制度が上がったところで、検索して調べて、やっとわか
るってことと、
「知っている」ことはまったく違うでしょ。

 

ん?何がどう違うんだ?

 

頭の中にいろんな情報を記憶として持っていると、ときにそれら情報がスパークする
ことがあると思うんだ。それを僕らはひらめきと呼んでるにすぎない。
ぱちっと情報と情報がスパークしてひらめくんだよ。その瞬間が発明が生まれる瞬
間。世の中で偉人と呼ばれた人々は、ほとんどがそれらのひらめきをものにしている
んじゃないかな。

 

・・・なんだ。

意外と浅い主張だな。

ネットを外部記憶装置として利用して、必要な情報を引っ張り出す。そうして知識をインプットして閃きをおこせば一緒じゃん。

 

そもそも、この人は詰め込み教育の問題点について分かっていないのでは?
大量のインプットはイノベーションを起こすためには必要なのは当たり前でしょう。
思い付きで起こせるようなものではないのはだれもが分かっているはず。
詰め込み教育は大量に知識をインプットすることに是非が問われたのではなく、学習
者が受け身で知識をがぶ飲みさせられる
「知識獲得の手段」にあったのではないですかね?
必要な情報を取捨選択し、主体的に獲得して問題解決を図る。そうした目的意識のあ
る知識獲得でないと、結局本当の意味では身につかないし、生かせない。ましてや情報がスパークしてひらめくなんてことは起きない。一斉授業で、無目的に学習者にただただ知識を伝達していくのは、教室を単なる暗記王決定戦の会場にするだけだと思いますけど。

 

この記事で詰め込み教育について、のたまっている人は田代真人という方。
会社のコンサルもやってるし、桜美林大学の非常勤講師もされている。
それでも、教育についてまだまだ見識が深くないように感じます。こうした記事を読むと、教育現場で悪戦苦闘している教師の努力は実社会で理解されていないのかなあ、と虚しい気
持ちになります。
そもそも教育というものは成果が見えにくいし、測りづらいものですからね。成果が見えたとしても十数年後。しかもそれは、
「あれ、今年の新入社員は去年の新入社員と全然違う!!一体学校教育にどんな変化
が起きていたんだ!!」

という風にはならないでしょう。
せいぜい気づいたとしても
「お~、今年の新入社員は粒ぞろいだなあ」

という感想くらい。

 

 

でもね、少しずつ変化は起きているんですよ。
なんと高校生以上で「起業したい」と考えている若者が増えているのです。
嬉しいですね。自分で価値を生み出し社会に提供する。そんな発想ができる子が増え
てきたってこと。
大企業に入社したい。とか、公務員になりたい、とか。夢のないこと言わないでほし
いんですよね。
早く自分の教え子から、第二のスティーブジョブズザッカーバーグが出てこないか
な、と期待しています。
すでにある枠組み(企業)の中に納まって社会の変化におびえながら対応していく子
どもではなく、枠をぶち壊して、社会に変化を巻き起こす。そんな子たちがこれから
社会で大暴れしてほしいですね。