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小学校の先生を120%楽しむ毎日

小学校教員の日々の振り返り。教員志望の学生さん、同業の方、保護者の方、教育に興味のあるすべての方へ。

自己表現のチャンス

自己表現をありとあらゆる場所で出来る人は自由な人だ。自由に生きている人に憧れている。

 

自分はこんな人ですよー

 

とどんなところでも、臆せず表現できる人に昔から惹かれていた。

私にとって、それは5,6年生の担任の先生だった。

次に大学のバンドの仲間たち

最近では、DAFLのメンバー

 

 DAFLによるPDCA - 小学校の先生を120%楽しむ毎日

 

自分はこんな人だよ、とお互いに偽りなく弱みやダメなところを自己開示しあえる場所があると、自己肯定感は上がっていく。

 

「みんな、様々な事情を抱えて一生懸命生きてるんだなあ」

 

と、思えるからだ。自分以外の他者をリスペクトする第一歩を踏み出すことになる。

 

飲み会の二次会で自己開示してもダメだ。

お互い自分に酔ってる状態でいるのだから、ダメな自分を吐き出す自分に酔いしれ、それを親身になって聞いている自分に酔いしれている。

 

そんな構図に気づいて、翌朝職場で出会った時、気恥ずかしくなるだけで、私にとって、飲み会におけるそれは、「絆深めゴッコ」で、リスペクトには繋がりにくい。

 

 日常から、相手を信じて自己開示していけるようにすることが、自己肯定感を上げていくには大事なことだ。本当の自分を受け入れてもらえたとき、自己肯定感は跳ね上がる。

 

自己開示できるように、まずは相手をリスペクトして、自己肯定感を少しずつ上げていく必要がある。

この場合のリスペクトは尊敬ではなくて、相手の存在を尊重するという意味合いだ。

 

「あり得ない。何この人。」と受け入れ難い人がいたとしても、「この人も、様々な事情があって、今のような状態になっているんだろうな」と思うだけで、少し優しい気持ちになれる。

そして、その気持ちは自分自身にも向けられる。「自分はダメだ」と思ってばかりいたのが、「今まで色々あって大変だったよな」と少し自分を労れる。

 

しかし、GIVEしようとするスタンスは、まず自分がGIVEできる存在だという前提で考えるポジティブな思考が身につくが、結局、実際にGIVEできた、できないで自分を評価してしまい、自己肯定感の向上には繋がりにくい。

 

自己肯定感をあげるには、GIVEできたから自分は価値がある、という条件付きのリスペクトではなく、無条件のリスペクトに切り替えなければならない。

 

人はみんな様々な事情を抱えて、それでも懸命に生きてきて今がある。

 

そんな風に考えて、人を評価しない。人はみんなリスペクトに値する。だからこそ、自分にできることならGIVEしていきたい。

喜びをもっと共有していきたい。

 

このようにいつも思えるようになれば、きっとそれは誰よりも自由に生きていくことができるだろう。

 

自分にとって、ショックな出来事があって、ここ2年ほど自分の目の前が深い霧に覆い隠されたような気がしていた。

先に進めず立往生して、仕方がないから今まで来た道を眺めたり、思い切って横道に逸れてみたりした。

 

そんな風に自分なりにもがいて、このブログも始めた。

そして、ふたせんさんに出会うことができた。

 小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

 

 

ふたせんさんと、共に学んでいくうちに、自分と向き合ううちに、目の前の霧が少しずつ晴れていった。先は霞んで見えるが、それでも歩み始めるには十分なくらい視界は良好だ。後ろを振り返るのはもうたくさんだ。今はこの先の景色が早くみたくてしょうがない。走り出したい。そんな気持ちになれた。

 

ふたせんさん、良い学びの場を、自己表現のチャンスの場を与えてくださり、本当にありがとうございます。

 

なんだかモヤモヤしている方。

DAFLいいですよ。まずは、ふたせんさんでも、私でも連絡ください。