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小学校の先生を120%楽しむ毎日

小学校教員の日々の振り返り。教員志望の学生さん、同業の方、保護者の方、教育に興味のあるすべての方へ。

勤務時間は子どものためにも守るべき。

我々教師の勤務時間は7時45分から16時45分までだ。

高学年は、6時間の日だと15時40分に完全下校。

退勤まで約1時間しかない。

したがって、業務内容は精選する必要がある。

 

もちろん、子どもたちのためになることは、でき得る限りのことはするべきだ。

しかし、だからこそ、学校の職員は定時であがる必要があると考える。

 

 

 

私の学校では、そもそも朝の7時45分から挨拶当番なるものがある。

 

登校時に地域住民が駅に向かうのと、本校児童が学校に向かうので、動線が交差する。

そのため、子どもが列を乱し、広がると道を塞いで、駅に向かう地域住民にとって甚だ迷惑となる。

よって、苦情の電話も来る。

 

そこで、学校側の対応として、「教師を登校ルートに立たせ、目を光らせます」という分かりやすい結論に至ったようだ。

 

当たり前のように、職員には勤務時間外の勤務を強制されるわけだ…が、これはまずい。

 

サービス残業が当たり前の文化で子どもたちが育つことになるからだ。

労働時間というのは、労働者の命そのもの。労働者が貢献したくて、主体的に残業するならいざ知らず、管理職が勝手に抱え込んだ仕事だ。

したくもない、必要と思わない仕事を引き受けるのは、まさしく他者の人生を生きることになる。しかし、だれもこれに対し異を唱えない。

そこが問題だ。

 

自分のしたくもない、する義務のないことに平気で自分の時間を捧げてしまうのは、自分の命に真剣に向き合ってないと断ずるのは、少し大げさなのだろうか。

 

私はそうは思わない。

 

労働時間と働き方について議論を巻き起こした、大手広告代理店・電通の高橋まつりさんの過労死事件。

 

こうした事件の背景には、残業して当然という文化が当然のごとく職場に蔓延していることが挙げられる。

 

単体では世界最大の広告代理店である「電通」には4代目社長吉田秀雄によって1951年につくられた電通社員、通称「電通マン」の行動規範とも言える「鬼十則」と呼ばれる非常に有名な言葉がある。特に問題とされるのが5つ目の項目だ。

いわく、
5. 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。

 

まあ、この鬼十則も、まさかこういう形で引用されるとは、当時は思いもしなかっただろう。

こうした言葉が出てきた背景や、文脈はもっと奥深いものもあったのかもしれない。

これだけを切り取って電通の風土は、人を人とも思わないような非人間的なものだ。と断ずるのは早計だろう。

 

しかし、それにしても、これと似たようなこと、クラスで指導していないだろうか?

「一度やると決めたら、最後まで責任をもってやろうよ!」

といった具合に。

 

もちろん責任感を養うことは大事なことだ。目的のために、努力して結果を出そうとする経験も必要だろう。

 

しかし、同時に、

「しんどかったら、なりふり構わず周りの人に頼っていいよ」

ということも教えなければならない。

 

電通の過労死問題は、優秀であろう人が、明らかに労働環境がおかしいと思っているにも関わらず、Twitterでそのことをつぶやいて終わっていることだ。

いくらでも然るべき対処はできたはずだが、そもそも仕事をこなせない自分が悪いのでは?と負い目を感じているところに問題がある。

 

 

極論すると、ブラック企業なんてものが存続し得る社会となっている責任は、勤労奉仕を美徳とする学校教育にあるのではないだろうか。

そもそも、市場原理がまともに働けば、ブラック企業など、勝手に淘汰されていくはずだ。

だれも働き手がいなくなるはずなのだから。

 

学校につとめる教師こそ、まずは勤務時間を厳守すべきだ。

そのために、何が必要で、不必要かよく選ぶ必要がある。

 

そうして生まれた余剰時間は、教師の勉強に費やせば、子どもたちにダイレクトで還っていく。

 

本来こちらが引き受ける必要のないことで、本業がおろそかになっていないだろうか?

 

それにより、子どもにブラック企業を平然と受入れてしまうメンタルを形成するのに一役かっていないだろうか?