/>

小学校の先生を120%楽しむ毎日

小学校教員の日々の振り返り。教員志望の学生さん、同業の方、保護者の方、教育に興味のあるすべての方へ。

職場にGIVERが必要な理由

職場の居心地が悪い理由は、みんながTAKERになっているからではないだろうか?

 

この本を読んで、確信を深める。

 

GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 (単行本)

GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 (単行本)

 

 

 

まずは、教員採用試験の勉強でも出て来る。

自己成就予言。これが鍵となる。

 

とあるテストを行ったあと、全体の20パーセントの子どもたちをプルーマー(知力面で才能を開花させる人)だとして、教師に伝えた。

しかし、実際には、このブルーマーと呼ばれた子どもたちは、無作為に選ばれた子どもたちで、テストは形だけのものだった。

それにもかかわらず、ブルーマーとされた子どもたちの知能検査では、明らかに他の子たちよりも伸び率が高くなった。

 

その理由は以下の通り。

 

教師が生徒の可能性を信じたために 、 「自己成就予言 」 (他人から期待されると 、それに沿った行動をとって期待どおりの結果を実現すること )が働いたのである 。教師が生徒を 「伸びしろがある 」と信じたことで 、その成長に大いに期待をかけたからなのだ 。その結果 、教師は生徒の自信を高めようと協力的な態度で接したため 、成績が上がったのである 。教師はブル ーマ ー(伸び代があるという設定の子ども)に温かく接し 、意欲をそそる宿題を出し 、授業ではよく当て 、より多くアドバイスをしてやった 。

 

ということだ。

したがって、「他者の潜在能力を信じて、期待をする。」ことで、自分の態度も相手によりGIVEしようと変わり、その結果、相手を伸ばすことになる。ということだ。

ということは、この「他者信頼」が相手の成長を促す源流となる。

しかし、この「他者信頼」が職場でできている!と自信をもって言える人がどれだけいるだろうか。

 

調査によれば 、テイカ ーはほかの人の意図を常に疑ってかかるので 、自分に害を与えないか 、絶えず警戒しているという 。こうした人の可能性を信じようとしない態度は 、悪循環を生み 、同僚や部下のやる気と成長を妨げる 。

 

正直、私も含め、まだまだみんな職場の仲間でさえも「絶えず警戒している」ように思える。

なぜなら、極論すると、他者信頼が完成すれば、職員会議は不要となると思うからだ。依然として職員会議の提案が例年通りではない場合、ある種の緊張感があることが他者信頼ができていない何よりの証拠である。

 

ある提案について、その担当者以上にその提案について考える人がいるだろうか。

私はいないと思う。

どんなにモチベーションが低い人でもこの仕事に就く人は、なんだかんだ真面目で責任感がある。1つの提案を職員会議でするときに、様々なことを考慮に入れて提案する。

 

もちろん、担当者の経験値の差でその提案がお粗末になることもあるだろう。

しかし、それもまた「他者信頼」をできていない証拠である。

 

自分に経験値がないことは、その担当者が1番痛感しているはずだ。

しかし、それでもベテランを頼らないのは、「手を煩わせたら迷惑だろうか」とか、そもそも「いい加減なベテランばかりで意見を聞くに値しない」と思っているからだ。

 

どちらにしても相手を信頼していない。

相手を信頼していれば、自ずと提案はベストなものとなる。それは、提案者も自分が信頼されていることを自覚し、ベストを尽くし、足りない経験値はベテランの先生から補おうとするからだ。

 

「他者が惜しみなく自分にGIVEしてくれる存在」だと、信頼することができれば職場はより、自由で生産的で、創造的なものとなるはずだ。

 

だから、私の理想の職場は、担当者が全面的に責任と特権をもち、好き放題やれる職場だ。

 

全権を任せられれば、担当者も全力を出さざるを得ないし、周りの人も担当者を信頼して全力で支援する。

 

これほどストレスレスな職場があるだろうか。

 

ある提案を通すために、周りの人の思いを汲み取ろうとすることは大切だし、当たり前だ。しかし、それが「根回し」という形で行われると話が変わって来る。

なぜなら、「根回し」をするという発想は、集団にとって何がベストか考えるのではなく、職場のご意見番をいかに「抱き込む」かに苦心するということだからだ。

その時点で、職場の「仲間」は「クライアント」になり下がる。

下手をすると、クライアントは、ただのクレーマーとなる。

 

同じ職場の仲間をクレーマーとして、処理するのは悲しいことだ。

まずは、自分がGIVERとして振る舞い、他者信頼ができるようになる必要がある。

 

そうすることで、職場の仲間の潜在能力も開花し、さらには自分のクラスの子どもたちにも波及していくことだろう。

 

潜在能力を発揮して子どもたちと向き合う教師は、きっと自分の受け持つ子どもたちの潜在能力を信頼することができるだろう。

そのことにより、子どもたちを伸ばし、盤石な学級経営をすることになるはずだ。

子どもは、担任に信頼され、力を発揮できたと実感できた時、その担任を神格化する。私もその1人だ。

担任と子どもの信頼関係が固いものであれば、学級経営など、経営と呼ぶのもおこがましい。学級は担任にとっても、最高のアミューズメントとなる。

 

そうなると、ますます担任は自信と誇りをもって日々の業務、すなわち教師として仲間と切磋琢磨していくことだろう。

 

こうなってくると、そもそも「好きでやっている」仕事で、好きなだけ自分の力を発揮できる環境となり、職員会議もなく、時間に余裕が生まれ、その時間で仲間と切磋琢磨してさらに腕を磨き、日々の子どもたちとの関わりでまた自信を深め、さらにモチベーションが上がっていく。という黄金パターンが生まれるはずだ。

 

全てはGIVERとなって、他者信頼をするところから始まる。

そして、GIVERが増えれば増えるほど他者信頼は容易となる。

 

だからこそ、職場にGIVERは必要なのだ。