小学校の先生を120%楽しむ毎日

小学校教員の日々の振り返り。教員志望の学生さん、同業の方、保護者の方、教育に興味のあるすべての方へ。

重点研の指導案検討

今年度も「総合的な学習の時間」の重点研究

 

この時期に、去年もやってたのね。

 

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去年のことが思い出せないが・・・。

運動会直前のこの時期に重点研究ってすごいな

去年はなんとも思わなかったのか・・・。

 

 

しかし、この指導案検討というものは実に面白い。

 

その人が「大事にしたいもの」が何か

考えるとすごくワクワクする。

 

「去年の総合では、子どもたちがこちらも予想のつかない動きをして

私が応えてあげられなかった。こちらがもっと勉強して、もっと支援してあげられたと思うんです。だから、今年はなるべくこちらの手のひらの上で活動してくれれば、と思います」

 

 

そんなことを語る先生に言った。

 

「それ、すごい自分の理想なんですけど・・・。

私が目指す子どもの姿は、まさにそんな感じです。

こちらの思惑を無視してどんどん主体的に活動していく子どもたち。」

 

 

そして、これは言わなくてよかったかもしれないけど・・・。

「『自分の手のひらで転がされるような子ども』を育てても面白くないなあ、って思います。」

 

面白くないっていう表現もちょっと違うんだけど・・・

 

子どもはばかじゃないので、

自分が教師の手のひらで転がされているかどうかって分かると思うんですよ。

 

この人、今自分を操ろうとしているな・・・

とか

こっちの方向に持って行こうとしているな・・・

 

って絶対感じてるって。

そういう感覚を持てない子をむしろ支援してあげたほうがいい。

 

今日の指導案検討の先生は、

学級の集団づくりが抜群にうまい、私の尊敬する先生。

 

だからこそ、「手のひらの上で活動してくれれば」という言葉に

すごく違和感を持ちました。

 

もっともっと深く突っ込んで話がしたかった。

まだまだ納得いかない。

 

それとも「支援してあげたい」という欲を持つことが

良い教師の条件なのだろうか・・・

久しぶり

ブログをサボりまくっていた。

全く書きたいと思わなかった。

なぜだろう?

 

逆に今まではなぜ、毎日ブログを書こうとしていたのだろう?

 

日々、忙しくて時間がないから。

気持ち的に余裕がないから。

 

そんなことを考えてみたが、それは嘘だ。

 

特にこの「気持ち的に余裕がない」というのは

全くもって自分が作り上げているものであった。

 

去年の自分の方がよっぽど忙しかった。

 

4月にセミナーを1本。5月に1本。

新しく赴任した学校で、運動会の全校練習も仕切ったし。

「運動会盛り上げよう集会」という

そこそこ大きなイベントも仕切った。

 

去年の方がよほどいい仕事をしている。

 

過去のブログを見てみるとそれが良くわかる。

去年の今頃のワクワクが。

日々の前向きな姿勢が。

読んでいると思い出される。

 

去年の今頃は、自分のセミナーが動きだしワクワクしていた。

DAFLに参加してワクワクしていた。

 

日々、次のワクワクを考えていた。

 

今、運動会前で、体育主任として何となく気持ちだけ焦っている。

では何か行動しているのかというと特に何もしていない。

 

あれもやらなきゃ。これもやらなきゃ。

と考えるばかり。

日々、自分ばかり仕事をしているような気になっていた。

 

実につまらない。くだらない。

 

ワクワクしなくなる理由はなんだろう。

熱烈に興味のあることが今ないのだろうか。

 

 

違う。

ただシンプルに

楽しもうとしていない。

楽しいことを探そうとしていない。

 

 

「運動会を仕切るのは自分」

勝手に気負って、プレッシャーを感じて

楽しもうとすることに蓋をしていた。

 

だから、ブログも書いていなかった。

 

ここまで来たら運動会は自分だけのものではない。

 

今週の土曜日の運動会が終わった後に、

自分の成長を実感したい。

そして、心の底から職員の方々に感謝できる自分でありたい。

運動会の教師の心構え

今年の校内初任研の講座の一つを担当することになりました。

 

体育主任なので、タイトルの通り。

 

「運動会の教師の心構え」

 

なんだか、深いような、浅いようなテーマだなあ、と思いつつ。

 

一体初任の方にどんなお話をすれば有益なのでしょうか・・・。

 

そもそも、初任者の方のニーズってなんでしょうか?

 

自分が初任の時は、いっぱいいっぱいで、とにかく明日無事に終えたい!

ということを猛烈に渇望してました。

 

明日につながる、何かしらをお伝えできればいいのかな。

 

運動会練習もこれからバンバン入ってくる。

 

そんな中で、明日すぐに生きるスタンス。

 

・・・。

 

ハードル高いな。

 

こんなスタンスでいると楽だよ。っていうことを伝えればいいのだろうか?

 

そもそも、運動会を子供達にとってどういう成長の場面にしたいかによって

こちらの心構えって変わってきますよね。

 

まずは、

「運動会を子どもたちにとってどんな成長の場にしたいですか?」

 

っていう問いから始めて

 

「じゃあ、そんな成長の場になるように、こちらはどんな心構えでいましょうかね。一緒に考えてみましょう」

 

なんてことを言ってみようかな。

 

いや、でもめんどくさいか!

そんなん考えている余裕もないわ!っていう状況だってあり得ますよね。

 

とにかく、初任者の現状を掴み。

ニーズに合わせて、お話するか、ワークショップするか。

 

 

さて、なんだか情けないくらい

初任者に気を遣い、「ああでもない。こうでもない」と考えていますが・・・

 

当然、こうなって然るべきだと思います。

せっかく、お互いの時間を差し出すわけですから、有意義な時間にしたいですもんね。

あと、何より残酷な現実として

初任者の方は、別に私に心底教えを請いたいわけではないんですよね。

 

初任研コーディネーターの方が、適当に校内で教える人をあてがっているだけなので。

 

子どもたちに、主体的で対話的な深い学びを提供する教師が

まるで、主体的でない学びの仕方をしているというこの現実。

 

校内でも校外でも、とにかく自分のロールモデルになる先生を見つけて

その人に自分が「今聞きたいこと」を聞く方がよっぽど学びになります。

 

私は、幸いそういう方が初任の頃に見つかったので、その人に必死で食らいついて

教えを請いました。

 

だから、お膳立てされた初任研の研修とかって、

基本受け身だから、スタートの時点でつまらないんですよー。

内容もパワーポイント見るだけだったり、話を聞くだけだったりして

「初任者一同に会する必要なくない?」っていうものも多いですしね。

今はどうか分かりませんが・・・。

 

教師こそ。

その時自分に必要なものを自分から学ぼうとする態度

を育てるべきだと思います。

 

委員会は、わざわざ研修を用意しなくてもいいです。

「初任者が学びたい」と思える余裕を

校内で確保できるようにしてくれれば、勝手にみんな学んでいきます。

 

「学んで、活かせば、子どもたちも喜んで、自分も毎日楽しい」

そんなことは、本当はみんな分かっているはずなんです。

 

余裕がないだけ。

運動会の学年演技を子どもと作る

5月の運動会に向けて、めまぐるしく日々が過ぎていきました。

 

休み時間も、学年演技を子どもたちと作るべく話し合い。

 

「6年生は運動会の演技ってなんのためにやるの?」

という問いから話し合いスタート。

 

色々な意見が出ましたが

大きく分けて二つ。

 

「学年で団結するため」など自分たちの学年集団に意識が向いているもの。

「運動会を盛り上げるため」など、

自分たちの演技を見てくれた保護者、下級生に意識が向いているもの。

 

後者は、「演技を通して、見てくれた人に何を伝えたいか」という問いに

繋がり、またまた話し合い。

 

「やっぱり、6年生の演技って毎年すごいなあ、って思ってきたから自分たちもそう思われたい」

「とにかく、すごい!!こんなことできるんだ!っている衝撃を与えたい」

「今までの6年生の中で最高の演技をしてみたい」

 

というような思いをまとめ

 

6年生の演技で伝えたいことは

「成長」と「希望」

「少しずつ成長していって、大きなことができるようになれる」という希望を

見ている人に感じて欲しい。

とのこと。

 

 

では、そうしたことが感じられるように

どんな内容の演技にするのか?

 

本校では、原則

4年生:ソーラン節

5年生:組体操

6年生:マスゲーム(昔の体育部が区で作っていたものの名残)

と決まっていました。

 

6年生の演技を例年通りの演技をしていくか話し合いしました。

保守派と改革派で真っ二つに分かれました。

「やっぱり1年生から見ていて憧れていたので、毎年の演技はやりたいです」

「成長を感じてもらうのに、毎年と同じことをしていてもダメだと思います。」

熱い議論が交わされましたが

結論は

「正直、毎年の6年生の演技をやっても、全く新しい演技に変えても、

 一生懸命やれば成長や希望を持ってもらえると思います。」

ということ。

あとは、それぞれの思い。

 

結局、みんなの思いを大事にしようということで、

折衷案になりました。

 

演技の構成を2部構成から4部構成へ。

毎年の6年生の演技は、フルで行わない。

 

自分たちの成長の過程を伝えるために

4年生〜6年生の演技をメドレーっぽくいいとこ取りして行い

最後の第4部で、オリジナル曲で演技を作ることに。

 

そして、その第4部の曲もガチで子どもたちに決めさせたら

WANIMAの「ともに」


WANIMA -ともに Full ver.(OFFICIAL VIDEO)

 

うーん・・・。好きな曲だけど、作りづらい!

 

 

この連休中、散々試行錯誤してみた。

こういうバンドの曲って

集団のマスゲーム的な演技をさせようとしてもどんどんダサくなる。

 

集団演技で映えるような、大きく分かりやすい振り付けをしようにも、

曲調としっくり合わない。

 

とにかくこの曲の疾走感を大事にしたいので

子どもたちをたくさん走らせて、隊形移動してみようと思う。

個々の動きをきちっと揃えることに力を注ぐのではなくて

個々にエネルギーを爆発させているのが伝わる演技にしたい。

 

集団として一皮向ければ、それぞれが思いを

めいいっぱい体を使って表現してくれるはず。

 

 

何れにしても

実際に子どもを動かしながらでないと見えないことだらけなので

今からドキドキ。

 

細かい動きの部分は、子どもの意見を取り入れて作って行きたい。

これから子どもたちに、練習のスケジューリングをしてもらおう。

その中で、練習のポイントは、こちらである程度整理し、子どもに伝えておこう。

毎回の練習では、教えられたポイントを忠実に守るだけでなく

プラスアルファで自己表現している子(表情や動き。まあ、こちらの主観)

自分の演技を全うしている子どもを見つけ、全体で共有して行きたい。

 

さあ、ゴールデンウィークが終わって、あとは運動会まで

走り抜けるのみ。

 

ホーソーン効果

恥ずかしながら全然知らなかった。

 

工場における調光が生産性に与える影響を調べていたところ、「生産性に関する実験を行っている」ことが被験者に知らされていただけで、光が明るかろうが暗かろうが生産性が上がるという結果になったのでした。被験者は「見られている」と感じることによって「生産性の低い人間に見られたくない」という心理も働いて、実験条件によらず生産性が上がったというのがその説明です。

「あなたは見られている」ホーソン効果を味方につけて成長する | Lifehacking.jp

 

 

 

これは確かにありそうですね。

 

重点研究なんて、まさにこのホーソーン効果ですよね。

誰かに授業を見られるから頑張る。

 

承認欲求に基づく効果とも言えるのでしょうかね。

 

「やばい、先生に見られてるから頑張らなくちゃ」と子どもたちに変なプレッシャーを与えるのではなくて、「先生にいいところ見せたいから頑張ろう」と思ってもらえるようになりたいですね。

集団の質を高めるために、子どもたちを個々に見とろう

本日、子どもたちを叱ってしまった。

 

5時間目を半分自習体制として、教室を学年の先生方に

お願いし、戻ってくると、まあうるさい。

 

平気でしゃべっている人。

我関せずで本を読んでいる人。

 

全くもってひどい有様。集団としては

まだまだ、全然出来上がっていない。

 

これだけ書くと、ひどいクラスなのだが

1日を通して個々に見たときに、

頑張っている子たちはたくさんいた。

 

自分から進んで、

プリントを配る人。

給食の準備でマスク帽子を着用するように声かけする人。

配膳台をやってあげてる人。

机を整理している人。

 

などなど。

クラスの子どもたちを

集団として見るか、

一人一人に焦点を当てて見るかで

クラスの見え方も変わってくる。

 

あれ?頑張っている子たくさんいるのに、

なんで、5時間目はあんなに締まりがなかったんだろう?

ただ単に疲れていただけなのかな?

 

クラスのことを考えて行動している子たちは確実にいるのに

周りの子達が気づけていないんだな。

 

では、そういう子達が周囲に働きかける力を最大化するには、

どうしたら良いかな?

どうしたら、頑張っている子たちが

クラスの中で輝けるのだろう?

・・・と前向きな気持ちになれる。

 

 

まずは、

頑張っている子たちに、

スポットを当てて、全体の場で価値づけしていきたい。

 

そうでないと、クラスの集団としての

粗ばかりが目についてしまい、

そこばかりを私が攻撃してしまいそうだ。

 

そうなると、頑張っている子どものモチベーションも下がり、

負のスパイラルに陥る。

 

明日は、3回以上は、個人個人の行動の良さを全体化し、その行動を価値づけする。

その上で、お互いがお互いのことを考えて集団として行動できた瞬間を

見逃さず、子どもたちと価値づけしたい。

フィードバックは大事

朝からそんなことを感じた1日

 

messengerにふたせんさんから返信が・・・

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牛さん
素敵なビジョンありがとうございます✨

朝から嫌な気持ちにさせてしまうかもしれないけれど、牛さんを信頼して書きます。

とっても綺麗です。
でも綺麗すぎるなっていう印象です
僕にお話ししていただくのでまとめているところ多々あると思います。それはそうです。だけれどこれだと、何をするのかが全くわからないというか、行動ベースになっていないなっていう印象です。
出会わせる
演出する
整える
考えて生きたい
学んで生きたい

所信表明なので、これでいいのかもしれませんが、僕はもう少し泥臭い「なにをするか」が聞きたい。

そもそも「出会わせる」とは?
様々なっていうと具体的には誰にですか?
何人に会わせたいですか?
そのためには何時間必要ですか?
そのためには何を削りますか?
そのためにはどんな調整が必要ですか?

 

ふたせんさんに、次のようなビジョンをもとに、自分がやりたいことをつらつらと語り、フィードバックを求めていたのです。

 

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さて、このやりとりで気がついたこと。

 

ビジョンやら、やりたいことやらを語っている時って

自分が心地よい未来を想像して、浸っているだけなので

計画性がないんですよね。

 

で、具体的に何をやるの?

そのために何を捨てるの?

 

そこを冷静に問えるのは第三者のみ。

 

特に、二番目の問いはふたせんさんならではだと思うのですが

この視点は完全に抜け落ちてました。

有限の自分の持ち時間の中で

新たに何かにチャレンジする時間を割くわけですから

必ず時間の使い方を変える必要がある。

家族と過ごす時間、寝っ転がって本を読む時間、あるいは睡眠時間。

そうした時間を捨てる覚悟があるかどうか、

意外と自分で問いかけるって難しい。

 

だからこそ、率直なフィードバックをもらえそうな

いろんな人に、自分の夢やら、ビジョンやら、

成し遂げたいことを語ってみるといいと思います。

 

自分で冷静に問えないことは、他者に問うてもらう。

 

そうすることで、とりあえず何をすればいいのか

少し見えてきます。

 

私の場合は

「多様な大人を子どもたちに出会わせたい」

ということなので

 

まずは、多様な大人と自分が出会わなければならない。

 

そこで思い出したのが、こちらのアプリ。

timebank.jp

 

面白い仕組みを考えますよね。

 

時間を買い取りさえすれば、

会って個人コンサルのようなことを

していただいたり、ただおしゃべりしたりもできる。

という程度には知っていました。

 

きっとタイムバンクに登録しているような人は

個性的で、私の身の回りにいないような方だろう!

そんな風に思い、安直にもこのアプリをダウンロードし、

登録し、多様な大人に会おう!

なんて思っていましたが

現実を知りました。

 

 

全て1秒あたり・・・

386円 堀江貴文

880円 落合陽一

 

なんということでしょう。

落合さんと5分間お話ししようと思ったら

158万4000円

 

純粋に著名な方と会うためにタイムバンクを利用する方は

いるのかな・・・?と疑問に思うかもしれませんが

いらっしゃいます。

 

 

 

なんだかすごい世界が広がってきておりますね。

 

だいぶ話が逸れましたが

本日伺ったラーメン246亭でも、フィードバックは大事だなあ

と思いました。

 

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「薫香ラーメン 燻」とっても美味しかった!!

桜と橅から薫香を選べるにくい演出。

 

醤油ベースのオニオンスープと

スモークした豚の背脂。

 

最高。めちゃくちゃ癖になる味。

今こうして書いていても腹が減ってくる。

うますぎて、写真を取り忘れてしまいました。

 

おっと、また脇道にそれてしまいましたが、

 

ご主人に、帰り際言っていただいた

「運動会楽しみにしてます」

 

この一言もフィードバック。

ありがたい。

 

頑張ろう!

単純にそう思える。

もっと自分にできることはある。

 

いつまでに、具体的に何をするのか。

そのために何を捨てるのか。

 

常に問いかけていこう。

そして、自分も

ふたせんさんや、ラーメン246亭のご主人のように

何かしらのフィードバックを子どもたちにしたとき、

そのフィードバックを喜ばれる存在になりたい。