小学校の先生を120%楽しむ毎日

小学校教員の日々の振り返り。教員志望の学生さん、同業の方、保護者の方、教育に興味のあるすべての方へ。

ビジョン共有の価値

昨日のブログ。

思いのほか反響があり、嬉しい限り。

 

実は、昨日のブログで書いた、「先生のお楽しみ会」は、昨年からずーっと温めてきたもので、私の近辺にいる人には何度も繰り返し言ってきたことではあるんです。

 

www.teachers120.com

www.teachers120.com

www.teachers120.com

www.teachers120.com

www.teachers120.com

www.teachers120.com

www.teachers120.com

 

クラスでも学級目標をつくる。子どもたちが、お互いの価値観を共有して、群れが集団になるために、クラス作りのために必要な過程だと思っている。

「いやいや、私は授業でクラスを作りますから」

という先生も何気に、クラスの組織風土や文化、目指すべきクラスを事あるごとに共有し、巧妙に浸透させているように見える。 

 

そもそも、子どもたちは、そのクラスの理念に惚れ込んでそのクラスの一員になるわけではない。共通の目的意識があって、集まるわけでもない。

ただそのクラスに振り分けられ、担任があてがわれているだけだ。だから、みんなが共感できる学級のビジョンの共有が必要となる。

 

職員集団も同じ。

先生という職業に何かしらの魅力を感じて集まったただの烏合の衆。

それは、先生=公務員=安定した収入を求めてきただけかもしれないし、

日本の教育を変えてやろう!という志を持ってきたのかもしれない。

 

少なくとも

その学校の教育目標に共感して集まった職員はいないだろう。

毎年、集まった職員のメンバーでワクワクするようなビジョンを創り上げていくことで、チーム力を上げて、業務にあたることは一見非効率で、ただの理想論のようだが、実は現実的に必要なことなのではないだろうか。

チームとして成果を出すことを意識できれば、他のクラスのことも「自分ごと」になるはず。そうなれば学級崩壊は起こりにくくなるだろうし、仮に起きても、それは担任の責任ではなくて、チームの責任。1人で背負い込まずにすむので、一回の崩壊で潰れることもなくなるだろう。

いっつもいっつも学級崩壊してから、対症療法的に、他の先生たちが重い腰を上げて、仕方なく、空き時間に崩壊しているクラスに入る。そんなの非効率だ。

怖い先生が入れば、それなりの体裁は整えられるだろうが、子どもたち同士の信頼関係もまた崩壊しているので、互いに認め合い、高め合うようなクラスになるまでは時間がかかるだろう。

そうこうしている間に、1年間は終わる。学びのないまま。「人間ってクソだな」って思いながら。(それは言い過ぎか)

 

 

ただ、正直にいうと、昨日ブログに書いた「先生のお楽しみ会」という会の持ち方は、前任校の校長先生が導入したものなんです。

 

その当時、組んでいた学年の先生との仲が良好だったからか、ビジョン共有をしたおかげかわからないけど、私はその年、学年の「チーム感」を感じました。

 

www.teachers120.com

 

 

 

 

さて、組織論で、必ず出てくる「ビジョン共有」。

実際のところ、ビジョンを共有することで、どれくらいの効果があるのだろうか。どんな変化が起こるのだろうか。

もちろん、形だけのビジョン共有をしたところで、日々の業務になんの変化も与えない。

ビジョンの共有の際、価値観を露呈することになる。そこでどれだけ、あたりさわりのない一般論的な価値観から、その人個人の尖った価値観を引き出すことができるかが肝だと思う。

同じ職場の人間が実際のところ「何を大事にしているのか」が分かっていれば、職員同士の関わり方も変わってくる。自分と共感できないところに関して、とことん議論するのか、それともそこには触れないのか、どちらにしても、相手が大事にしていることを意識して関わると、腹の底で思っていることを隠しながら、だましだまし仕事をするよりも、一歩先に進むことができると思う。このメンバーで何ができるかを、前向きに考えることができると思う。

 

自己開示して、深い対話が成立し、めでたくビジョンの共有が出来た時、職場はどのように変化するのだろう。考えただけでワクワクする。

と同時に、本当に価値があることなのか疑わしいので調べてみた。

 

ビジョン共有 人は動く: 日本経済新聞

 

ビジョンの共有は、一人ひとりが自分ごととして現状に向き合い、課題解決に向けて自発的に行動することを促す。

 

なるほど。いいじゃん。

 

ミッションとビジョンの共有で企業はもっと強くなる! | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)

奇をてらったように見えるかもしれない制度も、論理的に試行錯誤しながら形成した結果。そういう意味では、失敗も経ているので時間がかかる。一朝一夕ではできません。「他の企業がやっているから」といって右へ倣えではなく、どうすればミッションを実現できるかを、正攻法で考えていったからこそだと思います。そういう信念のある経営者がコツコツとつくっていく組織こそ成功につながると思いますね。

 

なんか、ここまで調べて、

「ビジョンの共有はリーダーの役目なの?」

という疑問が湧いてきた。

 

みんながワクワクするビジョンを作り出して、それをみんなと共有することで、組織は変わる。

そういう風に語られていますね。

 

学校のリーダー(校長)は3年くらいで変わってしまう。そうした条件の中でも、強力なリーダーシップを武器に、トップダウンでビジョン共有をして、成果を出している校長先生はたくさんいる。

 

しかし、そうした校長先生の登場を待っているだけで何もしないのは勿体無い。ていうか、毎年必ずメンバーチェンジすると分かっているんだから、歓送迎会の準備をガッチガチにする前に、毎年そのメンバーでワクワクできるビジョンを共有していった方がパフォーマンスにつながるはずだ。

 

要するに、私はチームとしてみんなで同じゴールを目指して、一人で目指す以上のパフォーマンスが出せるようにしたいらしい。

どうやら、それは「チームビルディング」という括りのことらしいので調べて見た。

 

・・・おお、あった。

かっけえ。「人と組織を強くするメディア」そんなのがあるんだ。

 

 

lightworks-blog.com

 

 

 

こちら秀逸で。

そもそも、「チームとはなんぞや」というところから、明確に定義しています。

学習を通して価値を創造し、メンバー一人ひとりが成長するメカニズムを持つ人間の集団がチームです。

 

さらに、チームの目的(チーミングする目的と言い換えてもいいのかな?)についても

チームの目的は、組織としてのパフォーマンスの向上と個人の成長ということになります。チームビルディングはこの目的を果たすための手段ということです。

 

まだ続きます!こっからが大事!

 

逆に言うと、団結心、風通しのよい雰囲気、良好なコミュニケーションなどは好ましいことですが、それらがチームビルディングの目的にはならないということです。

 

おお・・・

なんだかにべもない感じですね。

 

「いい感じのみんな仲良しな職場にしたーい。」

っていう人は、むしろチームビルディングをやっちゃダメでしょうね。

 

 

さらに気になる記述も。

 

アウトプット(成果)の達成目標は、達成状況が客観的に判定できるものでなければなりません。数字のような具体的なアウトプットを設定する理由は次の通りです。

 

 

ここなんですよね。

「達成状況が客観的に判定できるもの」を極めて用意しづらいよねって思うんです。

教育効果って切り口次第で、どうとでも測定できるだろうし。

だからこそ、教育現場ではどういうことが「成果」なのか。そこをみんなで価値基準をすり合わせながら、じっくり対話していく必要があると思うんですよねー。

 

教室でヒットを生み出せない時は、職員室が救いになる・・・こともある

業者から購入しているテストの点を取らせるための授業

そんな授業をしてしまった。

夏休み前までに、学年で揃えてこの単元まで終わらせましょう。

という、ボーダーラインに届きたくて、つい焦って雑な授業をしてしまう。

 

 

本来だったらもっと面白く授業ができたかもしれないところを

実に無機質に、一問一答みたいな感じで子どもに投げかけて

授業が進んでいく。

 

実にもったいないし、申し訳ない。

そんな気持ちでいっぱいだった。

だからそんな日は、子どもとの関わり方も消極的になってしまう。

 

うーむ、良くない。

実にもったいない1日だった。

夏休みが明けたら、時間配分をもっとシビアに考えていかねば。

 

そんな悶々とした思いを抱えたまま、子どもたちを帰して

職員室へ。

職員会議が始まり、だんだんモヤモヤも消えていく。

職員会議も終わり、学年の先生たちと学年会議。

今度、横浜市の防災センターへ社会科見学に行くので、その打ち合わせ。

 

その中で

西日本豪雨の被災地へボランティアに行く人たちのことが話題に出た。

著名人が、一般の方に混じってボランティアをしている。

wezz-y.com

 

 

実際に行動を起こしてボランティアに参加する人ってすごいと思う。

それが偽善だろうが売名だろうが何だろうが、素晴らしい。

私にはできない。

 

どうしたら、そんなことができるんだろう。

などなど、様々な話をする。

 

そのあと、今週金曜日に行う

職員全員で対話して、今年1年間の各学年ごとのビジョンを共有する会

「先生のお楽しみ会」の打ち合わせ。

 

1年間何を大事にして、子どもたちと向き合いたいのか。

いつまでに、どんな子どもたちの姿が見たいのか。

そのために、どんな手立てがあるのか。

行事をどう利用して、目指す子どもたちの姿に近づけるのか。

などなど・・・

 

学年でワイワイ話し合って、最後に全体の場で

1年間、子どもたちのこんな姿が見られるようにしたい!

と発表して行く。

 

一応、カリキュラムマネージメントとして位置付けられている時間に

ねじ込んでみました。

 

さあ、どうなることやら。

 

今日は、去年学年を組んだ先生から

「特に課題感もない中で、こういうことをやってもなかなか難しいと思うよ。」

とはっきりと言われて少々ショックを受けました。

 

自分の企画にダメ出しが入ると、傷つくのはなぜだろう。

自分の企画を否定された時、自分が否定されたように感じる。

自分の企画=自分ではないのにね。

 

 

これは、悪癖だ。

「自分のことを認めてくれていないから、ダメ出ししてくるんだ」

というマインドセットで、相手のアドバイスを聞いても

全くもってプラスに働かない。

 

相手の言っていることが、善意か悪意か

そんなことをビクビクと推し量ろうとするのは

時間の無駄だ。

 

それより、自分の目的は何で、

その達成のために、素直にアドバイスを聞くか

我が道を行くか。

 

それをひたすら考えていくべき。うん。そうしよう。

 

テント張り【熱中に必要なこと】

本日午前中に、家族で横浜市の三保市民の森へ。

 

三保市民の森:ありのままの自然のなか、自由なアイデアで夢中になって遊ぼう![緑区] | 横浜・湘南で子供と遊ぶ - あそびい横浜・湘南

 

夏休み家族で、初キャンプに行くので、テント張りの練習をしに行きました。

 

テント張りは1時間弱かかりましたが、あっという間に感じました。

f:id:kengobonbei:20180716215037j:image

久しぶりに熱中してました。まさに「今この瞬間に集中している」という感覚でした。

 

なぜ、熱中できるのか。その理由はシンプルで、以下の通り。

 

 

テントを早く完成させたくて

ワクワクしている。

そもそもはじめての体験なので、

程よくいっぱいいっぱい。 

 

まあ、当たり前すぎるけど、この二つ。

やっぱり大事だな、と実感したのです。

 

授業でも

ワクワクする学習活動。

程よい難易度の課題提示。

 

これができるようにしたい。

 

 

とにかく、たくさんの実践事例を知ろう。

 

この単元では、この実践!みたいに、引き出しをガンガン増やしていこう。

日光修学旅行【2週間前の出来事を更新して思うこと】

最近、全く更新していなかったが、下書きだけは、たくさん書いてあった。

勿体無いので、アップしておく。

以下、7月1日に更新しようか迷ったもの 

 

 

 

最高に晴れてて気持ちいい。

バスからの風景も素敵。

 

バスレクが始まる。

「おーちたおちた、なにが落ちた」で、中盛り上がり。

バスレクを仕切る子は、みんなを盛り上げようと良かれと思って、マイクを握ります。

ただ、寝たい子たちから、ボソッと「うるさい」との声が上がります。

 

 

寝たい人は、「うるさい」だけではなくて、盛り上げようとしてくれている、という気持ちを汲んだ言動をして欲しい。

 

そんなことを側に行って伝えました。

 

その後、しばらく「日光クイズ」

その場で、調べて来たことをもとに三択クイズや、◯✖️クイズをつくりあげる子達に驚きました。

盛り上げ方もうまい。

 

「第◯問!デデン!」とか言って、効果音も入れつつ、2択の選択肢もちょっとひねった面白いものにしたり。

 

しかも、

「正解は◯番。あ、じゃあ解説は、◯◯さんお願いします」

とか言って、出題者以上に、詳しい子に話を振ったり…。

周りの子達も、イェーイとか言ってそこそこ盛り上げようと頑張ってましたね。

 

 

すごい!

この子達こんなことできたの!?

 

授業でも、やってよ。

 

 

そうこうしてると羽生サービスエリア。

トイレ休憩から帰った後、ガイドさんのお話が始まります。

 

埼玉が快晴の日が最も多いという話から、ちょうど利根川を渡るタイミングで利根川の話が出たり。

 

群馬県のかかあ天下という由来が、質の高い生糸を生産し、女性が働き手として稼いでいたこと

そうこうしてると渡良瀬川を渡り、足尾銅山の話。

佐山ラーメンの話。

 

淀みなく、話が繋がる繋がる。

 

すごい!

やっぱりプロってかっこいいなあ。

 

 

 

 

…という、今から2週間ほど前の修学旅行当日の記録。

 

しばらくブログをやめていた。

何となく書く気がしなかった。

日々の取るに足らないことを書いたところで、何の意味があるのかと思ってしまった。

 

しばらくブログをやめて分かったことがある。

 

面倒臭くても日々起こったこと、感じたことを言語化していかないと、

日々味気なくなり、仕事へのモチベーションが下がる。

 

 

 

これは、小杉湯の平松さんがおっしゃる

「自分のために」やることと、「自分の物語のために」やることでは、全然意味が違う。

という話に繋がると思う。

自信を失った私が本気になれた。それは「自分の物語を生きよう」と気づかせてくれたから──小杉湯・塩谷歩波×平松佑介 | サイボウズ式

 

自分のためって「for me」じゃないですか。すごく利己的な感じで、これだけだと多分よくないんです。

でも自分の物語となると、話は違います。

例えば主人公が塩谷歩波だったとして、それを素敵な物語にするためには当然、舞台である小杉湯だったり、登場人物である僕や従業員、お客さんとの関係性はすごく大切になってくる。

なので、結果的に「for you」につながると思うんです。

 

良くも悪くも、私の場合、ブログって不特定多数に見られているという意識が働く。

ブログってまさに「自分の物語」を発表する場だと思っていて・・・

 

何を考えて、何をしたか。

結果、何が起きたか。何を知ったのか。

そしてその時、どう感じたか。

そもそも、自分の根底にある思想は何か。

・・・などなど

 

どんなにグダグダなブログも、

基本的には、自分の物語を語りまくってる。

 

どうせ書くなら、少しでも素敵な物語を書きたくなる。

そんな意識が働いて、日々前向きになれる気がする。

 

例えば、すごい嫌なことがあって、

惨めな気持ちになって、その時の最悪な気持ちを

グダグダとブログに書き綴ったとしても、

「自分の物語」を意識した時、そのブログでさえ布石になる。

最終的には、最悪な1日を綴ったその日のブログでさえ

素敵な物語の一部に変換してやろうと頭のどこかで考えている気がします。

  

 

どんなしょうもないことでも、日々の出来事、考えたこと、感情を残しておくことには価値があるはず。

ということで、週2回以上更新しよう。

やってみたい!という声をたくさん聞きたい

先日の国語の時間は面白かった。

「時計の時間と心の時間」

筆者の意図をとらえ、自分の考えを発表しよう

 

というねらいのこの単元。

 

その日は、筆者の主張に対して、自分がどのように考えたかを班で発表し、その後、全体共有しました。

 

私も筆者が言う、「時計の時間と心の時間」があるなあと思いました。社会とか苦手な授業だと、あー、早く終わらないかなあと思うけど、理科の授業なんて、本当にあっという間に過ぎるなあ、と思ったからです。

 

テレビを見ている時に、CMの時間は、どうでもいいからやたら長く感じる時ありませんか?僕はそう思うんですけど・・・。

でも、テレビ番組そのものはあっという間に感じるっていうことがあって。

筆者が「その人がその時に行っていることをどう感じているかによって、進み方が変わる」というのは、本当だなと思いました。

 

こういう感じの意見多数。

 

そして、国語係の子どもが

「筆者の考えに、納得してないという人はいませんか?」と聞いてもだれもおらず・・・

前回の「笑うから楽しい」は結構納得いっていない子が多かったのですが・・・。

 

すかさず、私が、

「なんで今回は、みんな筆者の主張に納得いったんだろうね」

と訊ねると、

 

「自分が、楽しいことをしている時に時間があっという間に過ぎたという経験したことがあるから」

「実験の方法も詳しく載っていて、実験結果も図やグラフなどで表されていて信頼できると思ったから」

 

そんなことを言っていました。

 

 

だれかを納得させたければ、

・相手と自分の共通する経験談を語ること。

・具体的に試したことと結果を示すこと。

が大事。

そんな風にまとめていました。

 

 

そして、「どうする?とりあえず、この単元もうこれで終わる?」と子どもに聞くと。

 

「自分で、自分の考えを納得させるような文みたいなのを書いてみたい」

 

一人の子がボソッとそんなことを言いました。

すると、周りが即座に反応し

「いいね!面白そう」

「えーー、できるかなあ!」

「いいじゃん。楽しそう」

「むーりー」

 

そして、「むーりー」と言っていた子が

「あ、でも『はにわ(バンド名)』の良さはみんなに納得させたい!」

 

と言い出し、みんなでやってみることに。

 

「今週金曜の授業参観、みんなのプレゼン大会にしてみようか。親に納得させたいことがある人もいるんじゃない?」

 

というと、「言いたい」と言う子がちらほら。

 

そんな感じで、国語の単元の学習を生かして、実践する単元が新たにできました。

時間さえ許せば、学習を生かして子どもたちがやりたいと思える活動をさせてやりたい。

 

もっと言えば、学んだことを生かして何かしたいと思えるような授業を子どもたちとつくっていきたいです。

フィンランドへ行こう

フィンランドの教育の実際について、フィンランドのスタディツアーに参加された方からお話を聞いてきました

フィンランドといえば・・・
2003年、OECDが実施したPISA
科学、問題解決能力、数学、読解力の4分野でトップ!
ちなみに、2018年度、世界幸福度ランキングで1位!
日本は54位。


とりあえず、PISA調査って何?
知識を実生活で直面する課題にどの程度応用して
活用できるかをみることを目的としているらしい。

PISAで結果を出したフィンランドぱねえ。
知識の詰め込みだけじゃない、本物の教育をやってる!?」

という感じで注目を集めています。
まあ、PISAをどこまで信用するかですけど・・・。


さて、土曜日に仕入れたフィンランド情報お届けします。

 

ひとつめ。
子どもの感情を見える化してる。
学校独自の取組かもしれないけど。

 

ふたつめ。
子どもも、大人もマインドマップを使いまくるらしい。
私自身は、マインドマップのよさを実感したことはないのですが
根(理念、本質、目的意識)、幹(手立ての大枠)、枝(具体的な手立て)、実(成
果予想、ビジョン)
そんな感じで、常に考えながら、自分の思考を発散しながら整理する模様。
今度の代表委員までに、クラスの学級目標と具体的な取り組みを、マインドマップ
まとめてみようかな。

みっつめ。
職員室がおしゃれなカフェみたい。ソファー多数。
どうやら、職員室の半分は作業スペース、半分は団らんスペースという風に分けてる
模様。
そうすることで先生たちが悩みを共有しやすくして、働きやすくしているとのこと。

 

でも、そんな素敵な職員室なのに、先生たちも3時には帰るらしい。
基本的にフィンランドは4時以降閉まっている店も多いし、日曜営業しないのはざら。
フィンランド人に不便じゃないの?と聞いたら
「お店がやっている時間にお店に行けばいいんだよ」と返されたとのこと。正論すぎる。
4時以降は家族の時間。自分の時間。
フィンランドの大統領に赤ちゃんが生まれたから、国民が署名して大統領にも育休を!って動くくらい、家族との時間を大事に考えている。そういう文化らしいです。  


4つめ。
授業中も超おおらか。子どもたちは集中したいときはヘッドホン着用。
気分転換にトランポリンOK。基本グループ学習が多いから、机は前を向いていない。
そして、途中退室OK。

・・・まじか。
「ねえ、ちょっと先生の話聞いてよ!聞いて!!
トランポリンでピョンピョンしないで!ヘッドホンとりなさい!
・・・あのさ、みんなにとって、先生ってなんなの?
・・・もういい!先生帰る!!」ってなりそう。

でも


5つめ
保育園に岩。あえて危険なものを園内に置くことで、自分で考えて適切な行動を促す
んだと。
トイレなんかも大人用の高さ。決して子どもファーストではない。
3歳の子も釘とトンカチで作品作ります。
ケガが怖くて、成長できるか!という精神。好きです。
食器も陶器。割れてもドンマイ。

やっぱり、日本は過保護だよ。ゼロリスク信仰すぎる。


ということで、結論。
「ちょっとフィンランドで先生やってきます」

子どもがつくる授業

校内の授業研究会がありました。

今年も総合的な学習の時間。

 

なんだか、よそのクラスの子たちが
キラキラ輝いて見えてしょうがない。
かわいく見えてしょうがない。
「ああ、素敵だなあ」
と思うと同時に、自分のクラスを思い返し、
とてつもない焦燥感にかられました。
「あかん。もっと頑張ろ」

さて、子どもたちがつくる授業とは・・・.。
色々と考えさせられました。

私が考える
「子どもたちがつくる授業」とは
「児童が目的に向かって自分たちで活動を選択している授業」です。

そういった授業を実現するためには
「教師が日ごろから、活動の目的を
徹底的に考え抜くこと」が大事だなあ
と思いました。


とりあえず、今
授業の基本形を教え込んでます。
①前回の振り返り
②今回の活動とその目的の確認
③活動
 個人思考→ペアで→グループで
④全体共有
⑤次回の見通し
⑥振り返り

で、この流れを子どもたちで
話し合いながら進めていけるように
ファシリテーターになり得る
児童を育てようとしています。

ただし、それだけでは、
目的に応じた活動を自分たちで
選択できないと思うので

アイディア出しのときは、ブレスト。
発散→収束のときは、KJ法
一人ひとり発表する時間がないけど、これまでの学習の軌跡や、気付きを共有するときは、ギャラリーウォーク

というように、それぞれの活動の価値が感じられるような経験をさせておきます。

そうすると
何人かの気が利く子たちが
授業を進めてくれます。

「前回は、これやったから、今回は・・・」
「まず、最初に一人ひとりノートに自分の考えを書いてから、見合う?」
「いや、一気にKJ法で収束まで行っちゃおう」

みたいな。

常に活動の目的を考える癖がつくとは思います。
必要感をもって活動に臨むので、あまりダレルことがなくなります。
パッと見
子どもたちで授業をつくっている風にはなりますね。

でも、結局
授業を教師が流しても
子どもが流しても

子どもたち一人ひとりの中に
確固たる
目的意識と他者意識が
ない限り、
活動にタダ乗りする子どもは
現れます。


この目的意識と他者意識を
高めるのが「材との出会い」なのでしょう。
そして、我々教師は材の価値を吟味して、
材との出会わせ方をプロデュースすることが最も大きな仕事なのかもしれませんね。

「その授業なんのためにやるの?」
「そもそも、子どもに何を学んでほしい?」
「そして、その学びにはどんな価値があるの?」

そうやって、
活動の目的を徹底的に考え抜く。
なんのための授業で
なんのための学校か
その問いに自信をもって
答えられるように・・・